タイトル未定2026/10/04 20:17
互いに間を見定め気勢を張り合うこと半刻、上段より中段、八相と構えを移せども、ついに刃を交うるには至らず、まして肉を斬ることもなかった、月影はいつしか天に満ち、相対する両刀の鋒を白々と照らしていた。
一太刀にて事は決すであろう大久保はこの勝負の帰趨を見定めていた、互いに二の太刀はあるまい、されば斎藤は身を捨て突きを放つか、はたまた示現流はいかなる太刀筋を見せるものか、見ものではあるが相譲らぬ手技に杞憂の念も拭い難かった、そして月影はいよいよ冴え決する刻もまた満ちようとしていた。
まず動きしは半次郎、しかしそれは気勢を見極めての踏み込みにはあらず自軍の敗れを悟りたる末の死を求むるに似た一太刀であった、先ほどまでの気勢も失しなわれその太刀筋は鈍り斎藤は激しく憤った、斎藤は半次郎の刀を払いのけ自らもまた刀を捨てると半次郎に掴みかかった。
戦はもはや刀より鉄砲の世へと移ろい、幼きころより鍛えし剣技も昨日まで土にまみれていた農兵にいともたやすく討ち倒される、無念の二字をもってしてもなお尽くし難い、しかし今また、ようやく得難き好敵手とまみえ肌を刺すような張りつめた気を久しく味わわんとしたその矢先であったのだが。
『おのれもまた、剣に生き、剣に活かされし者ならば、最期は⋯』
斎藤は男泣きで半次郎を打ち付けていた、半次郎は殴られるまま天高く輝く月を眺めていた、すると取っ組み合う斎藤と半次郎の傍らに茶筒がころりこ転がってくると茶筒は爆ぜいとも耐え難し眩い光と耳をつんざく音を放ち両名互いにその場にて呻き声をあげのたうちまわった大久保も眩い光にて視界を遮られ刀を無闇矢鱈に振り辺りを探っていた。
「誰が攻め込んで良いなど申しましたか大久保様っ」
怒り心頭の孝江の声が闇夜に響いた。
「たっ孝江か、このカラクリお前の仕業か」
「侍の道理などわたくしには知れませぬ、されど甲府にて拾われしそのもの達命をここにて空しく散らされたはいかなる了簡にございましょう、ここに死したる者どもの命何と心得ておられるか申し開きあるなら伺いたいものにございます」
大久保は、なお目が明かぬのか見当違いの方を向いたまま孝江の言葉を押し返した。
「何を申すか戦にて死することこそ侍の本懐よ」
「違います、あなた様は己が立場と世のならいを笠に着て兵をいたずらに死なせたのです、ゆきたいのあれば己ひとりで向かわれれば良かったのです」
すると、傍らにいた恰幅のよい男が孝江をなだめるように口を挟んだ。
「それは拙者にも耳の痛いお言葉、されど近藤くんとてさらに上なる者どもよりそれを強いられておるとは思われぬか」
大久保は聞き覚えのある声と思うたが、まさかその者であるはずもなく、なお半信半疑のまま問い返した。
「そ、そのお声は恐れながら西郷吉之助殿ではございませぬか」
「おいど⋯拙者を存じておると申されるか」
「は、一度、京の薩摩藩邸にてお見かけ申したことがございます、されど、なにゆえ貴殿がこのような場所に、貴殿は薩摩藩のお方、ひいては新政府軍のお立場と心得ておりましたが」
「それに相違ない、拙者はまさしく東征大総督府参謀の身であった、されど、先ほど思うところあってな、幕府だの天皇だの今はもはやどうでもよい今の拙者はただの流浪人よ」




