タイトル未定2026/09/29 17:06
「孝江っ、ここはもうよいであろう俺は三郎太の元へゆくぞ」
宗盛の報せを受け泰夫が叫んだ。
「なりません泰夫さん、そこは後に我々が赴く必要がありそれを阻む者あれば除いて貰わなければなりません」
「だが今助くれば命取り留めるやもしれんぞ」
尤もらしき事を申す泰夫に対し孝江は優しくも厳しき事を言って聞かせた。
「泰夫さんよく聞いて下さい、これは戦なのです敵を討たらば討たるるは道理、我々が討った数を比ぶればさぶちゃんの命ひとつなればこれは奇蹟で御座いましょう⋯それに未だ雌雄は決しておりませぬ故、今さぶちゃんの元へひとり向かうは愚行で御座います」
「何とかならないのかよ、たかちゃん」
泰夫と孝江の会話に業を煮やした庄之助が割って入った。
「黙りなさい庄之助、今、気を抜いて良い立場か」
庄之助は孝江からの辛酸な言葉に岩陰に萎んでいった、庄之助は箱根峠出口にて佐治、重信、是貞と共に降りてくる新政府軍を伏兵にて待ち構えていた、一応一日之長で佐治から譲られ上官を任されていた庄之助であるが実質この場では佐治が采配を振るっていた、その佐治は庄之助に近付くと頭を小突いて荒くも慰めた。
「佐治、現れたぞ」
先鋒にて木陰に立つ重信が皆に報せを入れると場が張りつめ佐治は庄之助の肩を叩くと持ち場へ戻った、前方百六十間先、鬱蒼と続く森を抜けた処が箱根峠の出口にあたる、その出口に人影が現れた重信は大きく息を吐きその者に狙いをつけた、しかしその者は木陰を抜け陽の光をうけるとその場に崩れた重信は鉄砲の上に並ぶ二個の遠眼鏡のひとつを倒しその者を確認すると無言で遠眼鏡を元の位置に戻し後方にいる庄之助に首を振った、その者は事切れ恐るるに足らずそんな意味合いだった、庄之助は安堵のため息を漏らし後方の佐治に同じ事をすると佐治は更に後方の是貞に向け首を振った。
そろそろ夕刻であろうか陽はまだ天にあったが烏の声が聞こえた、そんな刻を過ごし四半刻が過ぎた頃、重信は我が目を疑った、峠の出口から現れるであろう新政府軍は出口ではなく森を横に広がり木々の隙間から現れたのだ石畳の仕掛けを恐れてとった行為であろうが四人を驚かすには十分事足りた、初めこそひとり、ふたりと木々の間から現れていた敵兵であったが刻と共に森が人を産み落としてるのではと覚ゆる程現れるではないか、幅二間程の峠出口から出てくるであろう腹づもりで四名おれば事足りる算段であったが今、眼前には二十五間に広がる人の波が押し寄せてきているのだ。




