タイトル未定2026/09/27 22:01
小袖に袴、髪から普段の華やかさは封印されていたが敢えて被衣で顔は隠さず夜の城下を五名の女子が大八車を曳き南へ向かっていた、ひとりが先頭に立ち二名で車を曳き後ろから残る二名が助力していた、孝江から早飛脚で文を受取った宗盛の奥方、藤堂咲、葛野藩に接する白瀬藩藩主の総領娘で先日二十歳を迎えていたが姿形は十五、六あどけなさが残る頼りなさげで奥方と呼ぶには程遠かった、しかし手に持つ杓文字を木刀に持ち換えれば宗盛でさへ三本中三本取れるとは限らない程の腕前、幼き頃は野山を駆け廻り幾度となくひとり山中へ分入っては城総出で探す羽目になったと義父から聞くはねっ返り娘、二十歳になり落ち着いたかと思われていたが孝江の申出を考慮する事なく二つ返事で受諾、孝江から短筒を渡されてからは肌身離さず身に付ける始末、そんな咲の元に集いし四名も咲に負けず劣らず武芸には長けた武家の者達であった。
「咲様、何方へ向かうのでしょうか」
「孝江殿からは駿州御厨筋御殿場村とだけ聞いております」
「駿州でございますか、それはそれは」
咲達はまず葛野藩領地内にある今は使われていない御蔵を目指すとそこで孝江の返信を睨み蔵内に積まれた賜物の中から所望の物を探った、所望の品は弾丸などは前もって孝江がまとめてありそれは幸いであったが文に描かれた絵からそれを探すのは困難を極めた、しかし皆で探し廻り何とか半刻程でそれを終えると手分けして船に積み込んだ最後に蓋をする様に大八車を載せ船は川を下った、一行は途中陸越えを挟み厚木宿を目指した。
朝まだきの頃、厚木宿へ到着した一行はしばし仮寝をすると宿を出た宿主は驚き宿賃を十全に受納するのを拒んだが咲は何も言わず頭を下げると宿を後にした、厚木宿を出た一行は一路矢倉沢往還を目指した、そこからは矢倉沢関所を抜け足柄峠を越え御厨を目指すのが常であったが一行は足柄峠越えの荷分けは困難であり人足を雇う訳もいかずこのまま大八車を曳ける脇筋を選ぶと川筋を北上し御殿場村を目指した。
矢倉沢往還から主筋を離れると流石に脇筋と言われる所以か道は酷く車輪を窪みにとられることも多くなったがそれでも夕暮れ前には山北村に差し掛かり一行は小憩した。
「さて皆様方如何なさいますか旅籠は見当たりませんが木賃宿程度でしたら御座いますでしょう」
咲がそう言うと一行では最年長である堀家の奥方が皆を見渡し言った。
「いえ、先方は到着を今や遅しと気もそぞろで御座いましょう、ここはどうで御座いましょう皆様が宜しければこのまま前に進むのは如何で御座いましょう」
咲も同じ心持ちではあったが自分が言えば皆、断り辛かろうとその言葉を留めていたが渡に船と暮れゆく微かな明かりの中、一堂の瞳を覗き込んだ、すると春名家、咲と同じく総領娘が満面の笑みで言うのだ。
「では皆々様、箱根の湯が我らを待ちかねておりますぞ」
それを聞いた咲は肝要な役目との高下に思わず吹き出した、それが堰を切ったかの皆で笑い出すのだ、女子だけで大八車を曳いている姿だけでも異形ではあったがその者達が車を囲んで笑っているのだ野良仕事を終え帰路に着く者達にはさも怪しき有様であったろう。
「では参りましょうか」




