タイトル未定2026/09/22 22:02
「孝江よ、おまえの見立てとやらを聞かせてみろ」
ようやく孝江の名前を覚えた大久保はこの後の展開を盃片手にほろ酔いで聞いていた。
「殿、呑みすぎじゃありませんか」
「こんなめでたい日に呑まずにおれるか」
「呑むなとは申しておりません呑み過ぎではと申しておるのです」
「あぁ五月蝿い五月蝿い、総司を思い出すは」
孝江はつかつかと大久保に歩み寄ると正面に見据え大久保の顔を舐める様に見回すと異様に張り出した下顎角に手をやり引っ張った。
「おいっ何をする孝江っ」
「いや、父さんが化けてるんじゃないかと思って」
「馬鹿を申すな、儂は百姓⋯いや元は百姓ではあるが今では立派なもんであろう」
大久保は盃を置くと姿勢を正し威厳ある態度をとってはみたが孝江は表情のひとつも変えず黙っているので次第に己が情けなくなり咳払いをすると続きを聞かせろと孝江を手で払った。
「私の見立てでは新政府軍は北陸道、中山道、東海道三つの街道で江戸を目指していると思われます」
「そのよりどころは」
「私ならそうします、一方から大軍で攻めれば兵糧の補給も大変ですし山道では展開できず待伏せに遭うでしょう百姓の私でもわかる事、それを敵方が知らぬとは甚だ考え難う御座います」
「しかし三方に展開すれば足並みが揃うまい」
「いえ、揃う必要がないのでしょう多分三軍の各々の趣意が違うのです」
いつしか大久保は孝江の話に魅入られたのか盃を置いたまま身を乗り出して聞き入っていた。
「京より進軍を開始すれば自ずと北陸を進む軍は遅れます、それに江戸を目指すには越中から回り込む形になりますその点、中山道と東海道を進む軍の足並みはほぼ揃いますし江戸の手前、箱根とここ甲府の先で互いに連絡も行えるでしょう」
「ならば」
「はい、江戸攻めの主力は東海道の軍、そして遅れ中山道からも軍が現れると自ずと幕府側の退路は北、そこに更に遅れ、いや調子よく北陸道から軍が現れ」
そこで孝江は手をぱんと叩いた。
「しかし幕府方の兵の数は新政府軍を上回っておるぞ、そう易々と」
「それも三軍に分けた理由かと思われます進軍の過程でどれだけ親藩、譜代の藩が御座いましょう、ほとんど外様、ここ幕府領の地ですら簡単に恭順したのですよ、それに各地でふれて回れば民も同じ事、これ以上言わずもがなで御座いましょう」
「では我々、甲陽鎮撫隊は急ぎ江戸に戻り守備に備えれば良いのか」
「それが良いかと、しかしあくまで百姓の浅知恵故、斎藤様のお戻りを待ちましょう」




