タイトル未定2026/09/13 00:00
「⋯孝江聞こえるか、聞こえたら返事をしろ」
「あっ、泰夫さんちょうど良かった、ちょっと待って⋯」
心ここに在らずと落ち着きのなかった泰夫であったが孝江の声を聞き胸を撫で下ろしはしたが孝江からは何の説明もなく一方的にちょっと待てとそれだけで斎藤の叱咤もあり大きな声を出しそうになったがぐっと堪え孝江の次の言葉を待っていた佐治達の耳にもそれは当然届いており両手を握りしめ震える泰夫の後ろ姿に先程までの落ち着きのない態度と相まって今にも吹き出しそうであった。
「誰と話しておる」
乾が久し振りに口を開き孝江に話す相手を聞いた、乾は既に耳栓のカラクリを受け入れここにおる者以外と話していると踏んでいた、それは即ち返答次第によって自分は死に体となる、東山道官軍の進軍はここで途絶える事になるのだ。
「気になりますか、多分乾様の意に召さない相手で御座います、我ら夜鷹の者が大手門前迄到着したとの一報で御座います」
乾は声にならぬ声をあげて天井を見上げた。
「してどの程度の軍勢じゃ、返答によっては其方の申し出を承諾せざるおえまい」
孝江は何も答えずただ乾を外が見える場所へ誘った。
「あそこに見えます大手門、乾様ならどの程度で突破されますか」
「城門突破か、あの規模あれば到底無理だ、裏から手を回し開けさせるか開けるように仕向けるしかないな、なっまさかそれ程の軍勢を」
「泰夫さん長筒は持ってきた」
「あぁありったけ持ってきた」
「流石です、ではその城門を打ち破っていただけませんか」
「元よりそのつもりだ」
見上げれば甲府城上空には朧月が浮かびその月明かりに照らされた雲が静かに流れていた眼下に目を下せば城の一部が崩壊し群衆が右往左往していた、正反対の情景が甲府城を包む中、誰しも気にもしないであろう花火が打ち上がる如き小さな音が微かに聞こえたかと思うと大手門が轟音を放ち崩れ落ちた、運悪く門に近付いていた者が数名、その巨大な木塊に押し潰され命を失った、門扉がなくなり役目を失った大手門は土煙の包まれその中を鉄砲を構え縦隊で甲府城内に進入してくる者達が見えた、孝江は乾を見た乾は刻が止まり身体は固まり目を見開くとその一部始終が悪夢であってくれと苦悶の表情を浮かべていた、そして喉の奥から言葉を絞り出した。
「儂にお主の申し出を断る道理はないと言うことか」
「願わくば承諾していただきとう御座います、先程も申しましたが乾様や配下の者は立派な討死で済みましょうが半ば強引に連れて来られた者共はそうは参りません、どうか承諾いただけませんでしょうか乾様」
孝江は深々と頭を下げた乾は踵を返すと背中でそれを感じつつ広間に戻ろうと襖に手を突いた途端にその場に崩れ落ちた。




