タイトル未定2026/09/10 14:41
「恐れ入り奉る、葛野藩藩主、藤堂十蔵が嫡男、藤堂又一郎宗盛、乾退助殿に御目通りしたく仕った」
「何と何と、盗賊崩れかと思うとったが、相わかった入られよ」
襖が開き宗盛が広間へ入室してくると今にも泣きそうな顔の三郎太が宗盛を見上げていた。
「宗盛さまぁー」
「情けない声を出すな、幕府方が侮られるは」
宗盛の足元に今にも縋り付きそうな三郎太を叱咤すると一礼をくべ膝をつくと深々と頭を下げた。
「良い良い、そんな堅苦しい挨拶はせんで良い、それともお主もその男と同じでそれ以上入らぬつもりか」
宗盛は頭をあげ後ろを振り向いた、すると襖の影から現れたのは妙な半纏を着込んだ女、行燈の薄暗い灯りではあったが白く細い手脚で乾はそれに気付き呆れた表情。
「戦場に女子とはそちもなかなかの傾奇者だな」
乾は膝に肩肘突き頬を支えると宗盛に言った。
「いえ、失礼ながらこの者は言わば我らが将で御座います、こら孝江挨拶をせんか」
「珍妙な装束といい先程のカラクリといい、幕府方とは申すが各々方は何者じゃ」
乾はぐっと身を乗り出し三人を見定めていた、孝江は軽く頭を下げると座する宗盛を追越し乾へ近付いて行った。
「ほぉ、その方は構わず上がられるのだな、そこ男は畳が汚れると儂に近付きもせん」
「奉公人の務めを奪うなど畏れ多い事で御座います」
乾は片眉をあげ右上を見、暫く考えると手を打ち孝江に言った。
「成程、それも一理あるな、成程、成程、そちはをかしき事を申す女子じゃ」
孝江は乾の前まで来ると座して頭を垂れた。
「お初のお目に掛かります、わたくしめは孝江と申す百姓で御座います、この度は乾様に申しあぐる事が御座いまして馳参じました」
「ほぉ、女子しかも百姓からこの東山道官軍参謀に申す事があるとな、聞くだけなら容易い言うてみい何なりと」
孝江は姿勢を正すと咳払いを一度、乾の目を射抜くほどの眼力を放ち言った。
「乾様、軍をお退き下さい、さすれば我々も江戸に退きます」
「はっはは、儂は人に上下などないと父にきつく言われてきたが、しかし申し訳ない百姓がそこの武家の者を差し置いて軍略に口を出すとは些か分不相応とは思わんか」
「いえ、百姓だからこそ申し上げているのです」
「ほぉ百姓が敢えて軍略に口を挟むことわりとはなんだ」
「簡単な事で御座います、我々民に天皇も徳川も関係御座いません、双方大義の為戦ってられるのでしょうが我々にはそもそも戦うことわりは持ち合わせておりません、ことわりもなく連れてこられ郷には親や子を残し戦で命尽きる、そこには無念しか残りません」
乾は反論しようと口を開いたがそっとその口を閉じた。




