タイトル未定2026/09/04 23:58
「申し訳ないが承知しかねるな、その方達こそ投降すれば潔く斬首にしてやるが」
女子では相手にされぬと宗盛に代わって貰っていたが乾は申し出を簡潔に断った、背後で己に鉄砲を向ける者どう見ても正規兵ではないどさくさに紛れ城内に侵入、盗賊まがいの敢行かと思われるが今、耳にあるカラクリ、大概の事は耳に入る立場であったが噂すら聞いた事がなかった、しかしそれを鑑みても申出を受け入れる事は出来なかった、東山道官軍参謀が簡単に素性の知れる者と相まみえる訳にはいかなかった。
「左様ですか、では」
突如、轟音と共に天守の一部が崩れ落ちた、階下に群れていた兵達が更に階下に勢い良く吸い込まれていき土煙だけがそこに残っていた、乾は背後を振り向いた、三郎太と目が合うと三郎太は無言で頷いた。
「儂だけでなくこの城自体、既に⋯質に取られていたと言う事か」
「御理解頂けましたか」
「ならば仕方あるまい相分かった、上がって参られよ兵共は下でのびておる、ただし階は殆ど残っておらぬ故、覚悟して参られよ」
「こうも簡単に近付けるとはな」
あまりの無警戒さに斎藤が唸った、甲府城まで半里まで近付いたが全く新政府側の者とは出会さず伏兵もなかった甲府城は既にもぬけの殻とさへ思えた。
「その方のお仲間が酔狂な事に此処までやって参るそうじゃ、さて刻は掛かるであろう暫し其処で休まんか、此処は冷えてかなわん」
宗盛の申出を半ば強制的にのまされた乾は三郎太に孝江達がやってくるまで暫し休息をと広間に誘った、三郎太はやっとこの緊張から解放されると肩の力を抜いた、途端、乾がするりと三郎太の腕から抜け出した慌てて三郎太が再度掴みかけたが乾はそれを身を翻しするりと躱す、三郎太は掴むのを止め逆に間合いを取ろうと半歩下がり小さい鉄砲を乾へ向けた、すると乾は何をするでもなく広間へ向かっていた。
「こう見えて武術の心得が多少あってな、はっはは」
三郎太は己の拘束など抜けようと思えばいつでも抜けれたと言う事かと背筋に寒いものを感じていた、襖を開け広間に入る乾の背中を三郎太は追った。
「おい、早く襖を閉めてくれ風が入るであろう」
広間になかなか入って来ない三郎太を見兼ね乾が叱る、しかし三郎太は足元を見てその一歩を踏み出せないでいた。
「いやぁ、畳汚すと大変だから此処で良いです」
「慎ましいと言うか愚かと言うか、まぁよいしかし儂が逃げても恨言言うなよ」
広間の端と端に座り乾は三郎太に言った、三郎太は何も言葉を返さず鉄砲を乾へ向けていた。
「おいおい、そんなに遠ざかって短筒が当たるものか
⋯んっ、おっおおぉ、これはめずらし春に蛍とは、あまつさえ紅き蛍とはげに珍妙なり、これは吉とすべきか凶ととるか」
乾は胸元を飛ぶ紅い蛍を優しく手で弄んでいた。




