タイトル未定2026/06/30 03:18
孝江は再度奥へと進んだ、すると先程、鉄砲が置いてあった場所に箱があるのを見つけ泰夫を呼んだ。
「泰夫さん、まだ何かありますよ」
泰夫は孝江の後を追いそれを確認した、幅一尺奥行三寸、高さが六寸程深緑色で黄色で絵か文字か解らない物が描かれていた、孝江はその箱にあった取手に手を掛け持ち上げようとするもジャラっと音がするだけでかなりの目方に持ち上がらないでいると泰夫は鉄砲を置き孝江に代わりそれを持ち上げ入り口まで運んだ。
「今度は何だ、凄い目方だな、もっもしかして金須か」
泰夫は裏返る程の声を上げどうにかそれを開けてやろうと苦心するもなかなか開かないでいた、横では孝江が感慨深めに箱を眺めていた泰夫は諦めたのか孝江を見ると孝江が言うのだ。
「この描かれてるのって米利堅言葉ですね、えっと五十何とか、何かが五十入ってる?」
孝江は顰めっ面で箱を眺めていたが泰夫は黙ってその孝江を見つめていたその表情は憧れに似たそんな感じであった、実は孝江は百姓の娘でありながら神童と言われる程賢く噂を聞きつけた町の長はどうにか孝江を藩校に入れたいと讃嘆する程だったが時代はそれを許すはずもなく諦めざる得なかった、だが長は諦め悪く自費を投じて孝江に師を付けたのだ、それからの孝江は真綿が水を吸うように知識を吸い上げ師が変わる度その師を唸らせていた、だが百姓の娘が知識を得たところでそれを発揮する場はなくハタチまであと僅かとなった最近は村の童に素読の指南をする程度であった。
「しかし何でこんな所に米利堅の物があるのでしょう?」
孝江が視線を向けて来たので泰夫は箱に目を戻した宛ら見つめていた事を悟られない様に、そして態とらしく言う。
「この目方だ…百両くらいあるかもな」
「だとしても五十両ですよ、五十って書いてありますから」
「本当か、どちらにしても大金だ」
泰夫は箱を叩いたり倒してみたり色々試すが箱は一向に開く気配はなく動かす度にジャラと音を放つだけで泰夫を困らせていた、孝江はその様子をしゃがみ込んで楽しげに眺めていたがその様を泰夫に見つかり睨まれると黙って箱の横にあった細工に指をかけて引き上げた、すると箱はカチャっと音をたて簡単に蓋が開いたのだ。
「おっおおー」
泰夫は声をあげて再度孝江を見た、泰夫の表情は先程の憧れに似た表情であり睨んだ事が嘘の様に表情は崩れ瞳はキラキラと輝いていた。
「さぁ早く中を見せて下さいな」
頷くと泰夫は蓋に手を掛け開いてみせた、金属が軽く擦れる音をたてながら蓋が開くと中から黄金に輝く初めて目にする物が整然と並んでいた、泰夫は孝江が言っていた米利堅の事を思い出すとこれは米利堅の金須であると決めつけ隙間に指を入れ一つ掴むと孝江のお陰で箱が開いたと言うのも忘れ偉ぶってそれを孝江に見せつけた、しかし孝江の表情は泰夫と正反対で更に謎が増えたと又、顰めっ面に戻っているではないか泰夫は認めたくはないがこれは金須ではない事を悟った、泰夫は孝江に絶対の信頼を置いており泰夫はそっと其れを箱へ戻した。
すると孝江は行燈を手に取り又、ひとり奥へ進んで行った、しかし泰夫はついて行かなかった、もう少しこれが金須であると信じたかったのだ孝江に夢を打ち砕かれ悲しい訳ではなかったが今この場を離れる気分にはなれないのが正直な処で孝江が帰って来るのを待つ事にした、しかし待てど暮らせど一向に孝江は帰ってこず痺れを切らした泰夫は結局奥へ向かった。
「おい孝江何してるんだ?」
行燈に照らされる孝江は蹲り手に何かを持ち泰夫が来た事にも気付かなかった、横から覗き込むと孝江が手にしている物は文の束だった孝江はそれを読むことに没頭している様子で泰夫が肩を叩くと孝江はゆっくり振り向いた、するとどうだろう孝江の頬をツッと雫が溢れているではないか孝江は何も言わず再度それに目を戻した、涙する孝江に語り掛ける事はできず泰夫から続く言葉は何も出なかった、泰夫は口を噤み孝江の傍らで膝を抱えて座り然るべき時を待つ事にした。
どのくらい時が過ぎたであろうか感覚的なものは置かれた心理状態で長くもなれば短くもなる泰夫の場合はどうだったのだろう、きっと夜が明ける程長く感じていたかもしれない、そして孝江にとっては如何だったのだろうか多分一瞬、手にした物に記されていた内容は時さえ止める内容であったのだ、孝江は泰夫へ向き直ると文の束をトントンと地面で揃え泰夫へ文を渡した。
「⋯孝江、字を読めない事知ってるだろ」
泰夫は不貞腐れそれを孝江に突き返すと孝江は黙って一文を指差した、泰夫は渋々そこに目をやるとその目が落ちてしまうのではと思う程に目を見開いた、そこに書かれていたのは自分の名前“泰夫”の文字だったのだ。
「おっ俺の事か?でも泰夫は他にもいるだろう」
勿論、この村に泰夫は一人であったがこの日の本に泰夫は他にもいるだろう孝江もそれは考えた、しかし続く内容がこの文の泰夫は横に居る泰夫を指していると語っていた、孝江は続き文面の先を指差した。
「⋯吾平、庄之助、三郎太、すっ杉⋯たっ孝江こっこれは?」
「泰夫さん、これは貴方宛で間違いないわ」
吾平、庄之助、三郎太、杉とはこの村で同じく従軍する他の四人の名であった、無論確率的にこの五人が揃う別の村もあるかも知れないが孝江はそうで有ればこの文はその村の近辺に置かれて然るべき、それにこれは何の根拠もない勘であったが同時に従軍した拍子にこれである泰夫の事で間違いないと孝江は確信していた。




