タイトル未定2026/06/30 02:51
二人は祠へ向かう参道の入り口に倍の時間をかけ到着した、辺りは先程までの静寂は何処へ辺りは人気のない事を悟った虫達の大合唱に包まれ耳打ちする会話ですら容易ではなかった、泰夫は足元の石ころをひとつ掴むと合唱の中心に投げやった、すると一斉に虫達は歌う事をやめるのだ泰夫と孝江は見つめ合い笑った。
「孝江、足元荒れてるから気をつけろ」
気遣う泰夫であったが孝江は構わず泰夫の手を引きグイグイ参道を上って行く、正直この雰囲気に引き返そうと言い出すのを想像していたがここに来て許嫁の違う一面を見た気がしていた登り着くと行燈の揺らぐ灯りに映し出された祠はしめ縄に付く紙垂が揺れ御本尊がぼんやり浮かび罰当たりな言い方をすれば不気味ささえ感じる情景に流石にここまでかと泰夫は再度怯える孝江を想像したが孝江は祠に軽く頭を下げると裏に周ってゆくではないか呆気にとられ孝江の背中を眺めていると逆にここに来て怖気付いたのかと孝江が手招きして泰夫を呼んだ。
「泰夫さん、何してるの」
「あっ⋯あぁあ行くよ」
泰夫は遅れ孝江の居る祠の裏へ回り込むと目をひん剥いて驚いた、何と孝江は洞穴を塞いでいる板を剥がしだしていたのだ泰夫は流石にこれは止めに入るも最後は言いくるめられ手伝わされる羽目になった。
「孝江、それはダメだ村の者に知れたら村八分者だぞ」
「今から神隠しに逢うって言うのに村八分とか泰夫さんは本当に愉快な人ね」
「いや、神隠しとか⋯口減らしを誤魔化す言い訳だろ」
「同じ所に隠されると良いですね、さっ泰夫さんも手伝って下さいな」
侮られているのか慕われているのか分からず泰夫は横で懸命に板を剥がす孝江を見つめていた、その表情は真剣に神隠しを望んでいるのだろうか心中は計り知れないが泰夫は結局孝江に付き合う事にした。
「ささくれに気を付けろよ」
「はい」
共同作業でようやく全部といかないまでも板は人が通れる程に剥がされた泰夫は行燈を手に取ると中を覗き込む内部はカビ臭い洞穴特有の臭いに包まれていた先に目をやると先程隙間から確認できた纏が確認できる泰夫は慎重に身体を板の隙間に潜らせ洞穴内に入った続いて孝江が入って来たが体躯の差で普通に戸の隙間を潜るが如く難なく入って来ると泰夫は孝江の手を取った。
「へぇ結構狭いんですね、子供の頃は大蛇が棲むくらいに大きく感じていたのに」
「いつの話をしてるんだ」
二人は声を出して笑った、するとカサッと物音がした泰夫はすかさず音の方へ行燈を振るとゲジゲジが一匹。
「きゃっ!」
孝江は泰夫に飛び付いた、泰夫はその悲鳴と飛び付かれた事に驚き声にならぬ声が漏れた、孝江は泰夫の胸に顔を埋め震えている泰夫は先程、孝江の恐れ知らずの一面に驚愕していたがやはりこれがよく知る孝江だとそっと抱きしめた。
「ごめんなさい泰夫さん」
「いや、それよりこれを見てくれ」
泰夫は孝江の手を取り纏の方へ連れてゆく、ほんの数間であったが天井はグッと迫りきて中腰で進んで行かざる得なかった、そして足元に横たわるそれは改めて確認すると纏とはかけ離れた物であった泰夫が指で弾いてみる想像超えた痛みと甲高い音が返ってきた、それは鉄製の何かであった更にその鉄で出来た物は間近で見ると初見より尺が長く五尺はあるのだ泰夫は腰を下ろしてそれを抱えてみたが鉄製で間違いないだろう目方はそう物語っていた、四貫目はあるだろうか泰夫はそれを腰で感じ取っていた。
「これは何なんだろうか?」
「さぁ私も初めて見ます、しかし細工が凝ってますねきっと名のある名工の逸品ではないでしょうか」
孝江はまるでそれを愛息かのように優しく撫でながら言うのだ泰夫は何が孝江にそう言わせるのか不思議だったが孝江がそう思っているならと下半身に力を込め我が子を更に持ち上げた、しかし勢い良く立ち上がり洞穴の天井に頭を打ち付けその衝撃に天井からパラパラと砂粒が落ちてきた泰夫は頭に付いた砂粒を軽く払うと下から孝江が覗き込むように見上げ笑っていた、泰夫はばつが悪そうに鉄で出来たそれを見回し誤魔化すように言った。
「この上に付いてるのは何だろう錦眼鏡みたいな形をしてるな」
泰夫は其れを覗き込もうとするも手に余る尺とその目方に中々上手くいかない、孝江は先端につく扇の様な部分を眺めそこにある穴に指を入れた、すると何かに気付いたのか突然、泰夫の袖を掴むと比較的広い入口へ連れていき孝江は泰夫の手を自分の想像した位置に移動させこの謎の鉄塊が何であるかしっくりする姿に変え言った。
「泰夫さん、これは鉄砲ですね種類までは分かりませんがこれは間違いなく鉄砲です」
「そっそうなのか?」
泰夫は半信半疑な答え方をしながら念願の錦眼鏡を覗き込んだ、かなり右腕の負担は大きいが何とかそれに成功した、しかし見えた物は錦眼鏡とは大違い煌めく世界はそこになく大半が黒と茶色い物がその中で蠢いていた、少々残念な気持ちと右腕の限界にそれを下ろし孝江に再度聞いた。
「すまん、これが何だと言ったんだ?」
「鉄砲です、長さからしてライフル銃だと思います」
それを聞いて泰夫は改めてそれを見廻した、話には聞いた事はあったが見るのは勿論持つのも初めてで少し恐ろしくも感じた、この鉄砲が咆哮を上げる度に人が倒れてゆく鉄砲にはそんなイメージがあった、それだけではない子供の頃すべからく侍の立ち回りをやったものだが刀で斬り合う場合、当然刀の届く範囲に相手がいないと斬り合いは成立しない、しかし鉄砲というやつは遠く離れた所から相手を倒せるのだ、刀の対決では到底敵わない剣豪すら百姓の自分でも倒せるのだと泰夫は畏怖の念を抱きつつもかの有名な剣豪“宮本武蔵”を倒す自分を想像していた。
「…夫さん、泰夫さんどうしたの?」
泰夫は孝江に呼ばれ我に返った、泰夫は頭を振り変な思いを断ち切ったそして当初の目的を思い出すと孝江に言った。
「そうだ、神隠しはどうなるんだ?」
「あっそうでしたね、如何しましょう」
孝江は屈託のない笑顔で笑っていた。




