タイトル未定2026/08/21 02:24
状況不利は心得つつも隊列は甲府を目指した、鶴瀬の関所を過ぎ隊列は甲府盆地を一望できる場所まで到着、見渡せば甲府城には新政府軍が入城しているのが容易に見て取れた、大久保は麓まで隊列を進めると隊を二分して岩崎山中腹と本隊は幕府と由縁ある大善寺に本陣を置いた、しかし殊の外なる事態に陥る、大善寺住職よりここへ本陣を置かれては寺が破壊される此処は徳川家の縁寺、大久保は其れを出されてはと寺の外、山門を中心に寺の外に細長く隊列を敷いた。
「大久保さん聞こえますでしょうか」
突如、聞こえる女の声に大久保は驚き辺りを見渡しハッと何かに気付くと耳を触り恐る恐る何故か小声で問いかけた。
「何だ女ってか急にびっくりするだろう」
「それよりもその陣形だと両翼から攻められて一巻の終わりです後詰を攻められたら退却も出来きません」
「しかしなぁ⋯」
「しかしも小芥子もありません、どうかお早い御対処を」
孝江の言った事は事実であり現状でまだ孝江すら気付いてなかったが南の岩崎山と本陣を迂回して後方に周る新政府軍がいたのだ、しかし大久保も抜かりはなかった岩崎山には別動隊を残しており迂回する敵は新撰組二番隊組長"︎︎︎︎永倉新八"︎︎が率いる隊とこの後戦闘を開始する事となる、そして"︎︎︎︎夜鷹"︎︎の面々も既に動いていた。
「みんなよく聞いて、これを地面に突き刺して立たせる、さぶちゃん違う違う、弧が外に張り出した方を前、そうそう」
時代に仰ぐわぬ武器を携えていても孝江を入れても十人も満たない隊、攻めて出るにはあまりに脆弱であり誰もそれは望まない孝江は待伏せの戦法を選ぶとそれ専用の仕掛けを皆に渡し敵が通りそうな場所に布設させて廻らせた。
「それで最後にその鉄紐を敵が通る場所に張って完成、あっそれと目印忘れないでね味方がやられたら意味ないから」
孝江は大久保へ友軍が目印に近付かないよう連絡を入れ徹底させるよう離れた岩崎山の隊にも伝令を出させる周到さで敵軍を待ち受けた、そして泰夫は大善寺東にある山頂の狙撃位置で新撰組隊士を護衛につけ孝江の指示を待っていた、そして孝江は危険を承知で大久保の側に向かった、庄之助や佐治達から設置完了の連絡が入ると孝江は仕掛けが作動した後、残存兵を掃討する指示を皆へ伝えた。
「銃声が聞こえましたが始まりましたか」
「おっー娘か、前線で始まったみたいだな直にここも戦場になるぞ後方に逃げてろ」
「大久保様、何故我が軍は砲撃をしないのですか?」
孝江は本陣にある大砲が何故反撃をしないのか大久保へ問いただすと大砲差図役は前線に調査の為斥候に出ており不在というのだった孝江は今更と呆れ返ると泰夫に敵布陣の状況を詳細に聞くと本陣に唯一ある大砲へ行き指図役を待つ砲術要員へ指示を出した、しかし突如現れた素性の知れぬ小娘に誰も耳をかさず孝江は突き飛ばされる始末であった。
「女、お主砲術にも長けておると言うのか」
見兼ねた大久保が孝江を引き起こしながら問うと孝江は嘘かまことか基礎は出来てると大久保へ告げた大久保は周りにいた者へ孝江が指図役が戻る迄代わりを勤めると告げ砲撃準備をさせた。
「違います、それは散弾、そっちの榴弾をお願いします」
孝江は敵火力を削ぐ為に大砲を狙う事にして泰夫の情報から方位を決め軌道計算した、しかしまだ敵の大砲は射程には入っておらず孝江は榴弾から散弾へ変更させると勝沼宿を抜け甲州街道を進軍してくる敵を狙った。
「点火の頃合はどうするんだ⋯如何なさいましょうか」
兵のひとりが対応の遣り難くさを憶えながら孝江に聞くと孝江は木の枝を拾い地面に射速、仰角、距離、空気抵抗諸々を計算式へ放り込んで解を求めた。
「五つ、いや六つでやってみて下さい、次弾は五つで、それを見て補正しますから」
大砲を取り囲む兵達が孝江の指示で慌ただしく動き回る、前装式の四斤山砲へ炸薬と散弾を込め導火線へ火を付ける、チリチリと導火線が燃えてドンっと空気が震えた、後方を土嚢で押さえてはいたが四斤山砲は反動で後退する、兵達は続けて次弾の準備をする孝江は泰夫へ着弾位置の確認すると弾は路肩へずれて転がり炸裂したという事で孝江は兵へ向けて指を四本立てた慌て調整する兵、孝江は続けて泰夫へ敵士官を狙撃して欲しいと頼むと泰夫は遠眼鏡を覗き獲物を見定めた。
刻を同じくして北方から攻め入る新政府軍が布設した仕掛けに引っ掛かると瞬時に五名の命を奪い六、七名を戦闘不能に陥れた、突然視界を奪われた者、腹部を押さえてうめき周る者、後詰の者が何事かと駆け寄る、一部始終を見ていた庄之助は震えた初陣の戦場であっけなく命が消えゆくのを目にして庄之助は胃の腑から止めなく湧き上がる物を口から解放した、軽く考えていた、いや正直孝江に対して良い格好をしたかっただけなのだ、こんな惨たらしい事をするなど想像だにしていなかった。
「⋯っけ、庄之助っ後ろ、後ろっ」
佐治はひとり怯える庄之助の背後を狙う兵士を見つけ其れを伝えたが気付かない、声が届いていないのだろうか、しかし迫る敵兵に佐治は庄之助を構っている刻はない、佐治は庄之助を呼び続けながら前方に迫る敵を草陰から狙撃した、乾いた音が庄之助の方から響いた、佐治は思い出していたあの日、宗盛に連れてゆかれたあの地で孝江が三郎太に撃ち込んだ三発の銃弾、三郎太は痛がるだけで血滴ひとつ垂れていなかった"︎︎︎︎信じるしかない"︎︎佐治は心で呟き迫る敵に集中した、十名程の敵は四名迄減ったするとここでようやく佐治の仕掛けが作動した四名の兵はその場で絶命すると佐治は踵を返し庄之助の元へ急いだ全速力で走る佐治、しかし庄之助へ近付くにつれその脚は徐々に徒歩へと変わった庄之助は敵銃弾を受けてはいたが装束のお陰で無傷、災難だったのは敵兵だった至近距離迄近付いていた敵兵は刀を抜き斬りかかろうとしたが気付いた庄之助は鉄砲を向ける、刀で弾いた迄は良かったが庄之助は倒れながら太股に刺した小さい鉄砲を抜くと敵兵は弾を諸に顔面で受け止めたのだ、金物の中にある弾を全て、原型を留めぬ程顔を破壊された敵兵はヨロヨロとそのまま数歩進むと庄之助に覆い被さるように倒れた。
「あぁ⋯佐治さん」
佐治に気付いた庄之助は情けない声で佐治を呼んだその目には涙が溢れており佐治はあまりに両極端で滑稽な風景に吹き出してしまった、庄之助の上に被さる敵兵を佐治は蹴やると庄之助を引き起こした。
「これで一人前だな」
佐治がそう言うと庄之助は腰が抜けたのかまた倒れ込むと蹴やられた敵兵と向き合いあまりに惨たらしく変わり果てたその姿に這うように脱兎の如く逃げていった。




