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タイトル未定2026/08/20 17:38

 隊列は笹子峠に差し掛かると街道はいつしか二人横並びも難しくなり斜面もきつくなっていった甲府城に新政府軍より先に入城したい大久保は幕府より支給された大砲を半数捨て先を急いだ、孝江は火力の高い大砲をここに捨て置くなど愚の骨頂、未だ白兵戦こそ戦の醍醐味とでも思っているのかとは思ったが具申して無礼千万と手討ちも困ると残された大砲を恨めしそうに眺めながら峠道を登っていた、泰夫達と言えば隊列から付かず離れずさらに険しい山中を隊列に少し先行する形で進んでいたが山歩きに慣れた泰夫達に比べ小原宿から先遣へ合流してきた佐治達は息も絶え絶え、置いてくれば良いものを武士の魂と携える腰の刀は鬱蒼と生い茂る草木に引っ掛かり余計に疲労が蓄積されていた、時々立ち止まっては佐治達を待つ泰夫達、すると突然、更に先を行く杉から知らせが入る。


「前方、二町辺りに敵⋯と思う」


 佐治達は未だ耳栓から聞こえる杉の声に慣れておらず皆、耳栓をはめた耳の方を振り向いていた泰夫達はその様にプッと吹き出していたが身体は無自覚に茂みへ隠れる様に姿勢を低く構えていた佐治達は突如視界から泰夫達が消え辺りを見回していたが耳栓から身を屈める指示が聞こえると慌ててしゃがみ込んだ泰夫は背に抱える鉄砲を構え遠眼鏡を覗き込んだ、遠眼鏡は木陰に潜む杉を捉え続いて杉が指差す方向に向けられた、そこには黒い軍服を着込む者が二名、峠を登ってくる隊列を指差し何か言っている様だった泰夫は孝江に指示を仰いだ。


「孝江、峠の頂上付近に二名見える、敵かどうかわからん誰かに聞いてくれるか」


 孝江はそれを宗盛へ伝えると宗盛は急ぎ大久保の元へ行き近辺に友軍がいないか確認した、大久保が言うには保証はできんが立襟の西洋風の軍服なら敵に間違いないと言われ孝江は泰夫へそれを伝えた泰夫はその二名が立襟である事は確認できたがそもそも西洋風とはと首を傾げながらも自信なさげに泰夫は杉に連絡する。


「杉、敵で間違いない⋯らしい、お前だけで大丈夫か」


「ニ町だと怪しいな」


「わかった俺は左を狙うから右を頼む」


「怪しいと言ったぞ⋯知らんからな」


 泰夫は鉄砲の先ある脚を出し鉄砲を安定させ狙いを定めると遠眼鏡の摘みを捻り調整した、大きく息を吸い鉄砲の横にある棒を引き弾を込めた。


「杉、三つで撃つ」


「わかった」


 杉も木の股に鉄砲の先を預け狙いを定める、早春の峠道、まだ朝夕は肌寒いが昼間となれば丁度良い塩梅で生命も一気に息吹出し峠道にはその先陣を切る様に鶯が鳴いていた、まだ鳴き慣れてないのか親から教わらなかったのか妙な抑揚で鶯が一羽鳴いた。


ホォーケキョー、ホォーホ⋯


 その鶯の鳴声を掻き消す雷鳴が山間に響く、木々からは様々な鳥達が慌てて飛び立っていった何度も反響し木霊となって響き渡ると峠を登る隊列の面々も皆、驚き身を竦めた、だが身を竦める程度では済まない者がいた関係こそ知る由もないが会話を交わしていた相手が突如、下半身を残し吹き飛んだのだ、肉片や血液、体液がその者の全身を覆った、理解の範疇を超えその者は狼狽えるしかなかった、しかしそれも束の間その者の視界は急に閉ざされ目覚めることの無い眠りについた痛みもなく恐怖もない、心残りに思いを巡らす事もなく。


「排除した」


 孝江の耳へ泰夫の声が届くしかし孝江が何も言わずとも隊列は平静を既に取り戻し進軍を再開していた誰しもが春雷、決して友軍の放った狙撃音と思う者は一人としていなかった、葛折りの峠道を二百名程の行列が登ってゆくそしてその長い行列の先頭が峠の頂上に達そうかしたその時、急に行進が止まった長く伸びていた隊列は蛇腹の様に縮んでゆき何事かと大久保と内藤が先頭集団の元へ駆けつけた。


「局長っ⋯これを見て下さい」


 先頭集団にいた新撰組隊士の足元に隊列を止めた原因があった、それは人の様な物、大久保と内藤は目を疑った黒い軍服が血塗られ更に黒味を増した下半身だけが峠道を塞ぐ様に転がっていた、大久保も内藤も先の鳥羽伏見で大砲を受けた骸は何度も見たがこれは似て非なる物、その下半身からは臓物が新鮮な色で地を這っていた大砲ではこうはならない二人は頭を傾げた、そこへ宗盛がやって来ると山中に潜伏させている我が隊が敵の斥候を二名処理したと伝えた、大久保は驚いた表情で何も言わずに骸を指差し宗盛が頷くと内藤はもう一つの骸を探し山中へ分け入った、あの骸を見せられてもう一体が気にならない訳もなく険しい勾配を物ともせず登って行った、隊列から五間程登った場所にそれはあった、その骸は斜面を転がりこの木にぶつかり止まったのだろう仰向けで事切れた表情のまま内藤を見つめていた、恐怖や苦痛に歪むことの無い表情に内藤は思いを巡らせながらも右手がすっと柄を握る刹那、刃が鞘を滑り解き放たれるとそのまま右に薙ぎ手応えなく少し刀を引くと目にも止まらぬ速さで突きを放った、突如内藤の眼前に現れた者は心の臓を貫かれ絶命、内藤は否、実際突かれた者も少し走馬灯が見えたそんな状況だった、だが突かれた者はその場に崩れ落ちず突きの威力で背後にもんどり打って倒れていった、よく見ると内藤が握る刀は峰は欠け刀身は真ん中で曲がっている鈍(なまくら)とはいえ何故だと内藤は刀を不思議そうに眺めた、するともんどり打った者の呻き声が聞こえるもので内藤は曲がった刀をその者の喉元に突き立てようと飛び掛かった。


「っ痛ったた」


「何者だ?」


 倒れた者の揺れる視界が落ち着き内藤を捉えると慌てて膝をつき頭を深々と下げた。


「申し訳ございません私は幕府軍の者で御座います」


 それは狙撃した敵を確認にきた杉であった、杉は頭を上げる事なく内藤の発する言葉を斬られる覚悟で待った、すると平伏する杉の背後から連なって泰夫達が内藤の前に現れた。


「すっ杉どうした⋯あっ」


 佐治は内藤の前に進み出ると自らの素性を明かし事情を説明した、しかし素性を明かす事即ち昨晩の不躾極まりない行為が露呈するのだ、新撰組と言えば厳しい法度があると聞いている、上役への無礼の罰則とは何か佐治は掌から汗が滴るのを感じた。


「お前達が昨晩のか?」


「ははっ、怖れながら」


 内藤がやっと重い口を開くといきなり本丸を突いてきた、佐治は覚悟を決めたが泰夫達は百姓だ戦で死ぬ事すら不本意な上、法度で打首など死んでも死に切れまい、どうかこの者達は御容赦戴けないか懇願するつもりで佐治は一歩前へ歩み出た。


「成程な、俺の突きで穿てぬ訳だ」


 内藤はそう言って佐治の胸を拳で叩いた七分程の厚みの弾除け板がコツコツと響く、内藤は続き佐治が肩に担ぐ鉄砲に興味を持ち無言で両掌を差し出した、佐治は安堵と戸惑いの心持ちで泰夫を見ると泰夫は内藤との遭遇にいちはやく孝江に指示を請うて全ての対応の許可を得ていた、泰夫が頷くと佐治は鉄砲に繋がれた伸び紐を肩から外して鉄砲を内藤へ恐る恐る渡し内藤はそれを受取ると両腕に納めた。


「ほぉスナイデル銃と変わらん目方だな、銘はあるのか」


「いえ、聞いておりません」


 内藤はあれやこれや矢継ぎ早に佐治へ問いを投げ掛けた、しかし扱い方は熟知してる佐治であったが深い問いには答えられない、思案する佐治の姿を見て泰夫が断りを入れ内藤に例の耳栓を渡し耳へ入れるような仕草を示した。


「あのこちらを、問いには全て孝江が答えてくれます」


 この男は何を言っているのだと内藤は訝しげな表情で泰夫を見据えたが話せばわかりますと告げ後ろに下がった、内藤は佐治を見たが佐治は斬首から解放された安堵感から妙な笑顔で泰夫と同じ事を内藤へ伝えた、この場でお前以外誰と話すのだと内藤は佐治に語りかけた。


「話なら先程からしている」


 すると手にする物が急に音を放ち出した。


「内藤様、先程下におりました女子(おなご)で御座います」


 明らかに視界に捉える面々とは違う女の声がした、内藤は思わず声のする方へ向き直ったが声の主らしき者はいない内藤は物怪(もののけ)に取り憑かれたかの如く辺りを振り払う仕草をしていた。


「お前が声色(こわいろ)を変えているのか」


「いいえ、先程も言いました通り下におります女子で御座います」


 水戸藩御預かりの非正規な組織も去年幕臣に取り立てられ自分達の行いがやっと報われこの度の甲州鎮撫の任を仕った、これからという時に何の因果か到頭気が触れてしまったのだと内藤は天を仰み何かを諦めたように溜息まじりに言った。


「おい女、名は?」


「孝江と申します」


 内藤は反射的に声する方を向いてしまうのだが何度向こうとも女の姿はそこにはない佐治達の失笑は些か心外ではあるが致し方あるまい腰の物を振り上げてもよいが昨晩の事がある、ただの百姓と田舎侍と侮っては大怪我すると内藤は自ら狂気を演じる事を続けた。


「孝江とやらこれは如何なるカラクリだ」


 孝江は音は波でありその波を遠く飛ばすだけの仕組みであると内藤の問いに答えてみたが長い沈黙に孝江は例えを挟み説明した。

 

「内藤様は大砲の音をドンっと肚で感じた事は御座いませんか?」


「おぉ鳥羽伏見では何度も喰らった、お陰で数日耳鳴りが酷くて眠れなくてな」


「それこそ音の波が内藤様の耳に届くと耳の内部を攻撃したので御座います」


「音は波か⋯まぁ判るような判らんような」


「暇(いとま)があればその時にでも詳しくお話致します、その耳栓は使うにも限りが御座います故、今回はこの辺でご容赦下さい」


 内藤は耳からそれを外すと泰夫へ戻し斜面を降り隊列へ戻って行った、すると隊列にはあの声の主が待っていた内藤は先程いた場所辺りを一応見ると向き直り孝江を見たそして何も語らず眉間に皺だけを寄せていた。


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