タイトル未定2026/06/30 18:35
泰夫達が十を越えた頃、村の川で砂金が出たと騒ぎがあった村の衆はこぞって盥を手に持ち川へ入っていたがそれを横目に孝江は独り鋤と槌を持ち山へ向かい歩いていた。
「おーい、たかちゃんどこ行くの?」
砂金などには興味もなく田んぼで蛙を捕まえていた泰夫達が重い荷物を抱え山道を登ってゆく孝江の姿を見つけ孝江がまた何か始めたと蛙より孝江の後を追っていった、しばらくすると蛇行する山道を鋤と槌を引きずる孝江の姿を見つけ庄之助が声を掛けた。
「たかちゃん、どこ行くの?」
孝江は何も答えず手にする農具を庄之助に黙って渡した、庄之助は受取りそれをそのまま吾平と泰夫に引き渡し自分にはちゃんと答えてくれるだろ俺は名主の息子だぞと言わんばかりに子供ながら威厳ある態度でもう一度孝江に聞いたが返ってきた答えは子供ながらにも辛酸なものであった。
「どこ行くか聞いてるだろ!」
「うるさい次男坊が偉そうに!」
言葉に詰まり立ち止まる庄之助の横を吾平と泰夫がクスッと笑いながら通り越してゆくと孝江を追いかけて行った、そのまま踵を返し家に帰ると涙のひとつでも流しながら親に言いつける庄之助の姿を皆想像していたが庄之助は距離を開けて後ろについて来ているのだ泰夫は孝江の肩を叩き庄之助を指差した。
「へぇー」
孝江はそう一言だけ答えると、それが殊の外面白かったのか吾平と泰夫は鋤と槌を放って笑い転げた、後ろから一部始終を見ていた庄之助は今度こそ心折れ皆の期待に応えるだろうと思われたが惚れた男の辛いところ孝江に何を言われようが笑われようが他の男と過ごす孝江を想像するのが嫌で距離を置きついて行った、しかし今に至るまで孝江の中で庄之助を思う気持ちは米粒ほど芽生える事はない悲しい運命が待ち受けているとも知らず。
恋愛感情を抱く者と友達感覚の者、そしてその当事者は半刻程更に山道を登ると沢へと降りて行った、そこでようやく孝江が目的を泰夫へ告げた、因みにこの時既に孝江の中には泰夫を思う気持ちが満ちてはいたが泰夫の脳内には未だ異性を思う気持ちなど微塵も存在しておらず野山を駆け巡るだけで全てが満たさるまだまだ子供であった。
「村で砂金が取れたでしょ?」
「なんか母ちゃん、盥持って駆け出して行ったぞ」
正直、この先を話したとしても三人には理解できない事は重々分かっていたが、ここにも又、惚れた身の上の者がいるのだ好いた男に良いところ見せたい、終始、孝江の視線は泰夫を見つめながら説明したがやはり泰夫は顔を傾け右上を眺めるだけ孝江は説明を諦めとりあえず泰夫の手を引き沢から続く剥き出しの山肌に張り付くように登って行った、先に行くにつれ山肌は岩場へと変わり三間程滑落すれば下の沢だが落ち方が悪いと剥き出しの岩肌で深傷を負うだろうそんな岩場を渡って行った、すると眼下の沢は瀬と淵を交互に繰り返し大きな滝壺行き着いた正面には一筋の糸を下す滝がある、孝江は上を仰みると滝は高さは二間程、登って登れない高さではないと周辺に登れる場所がないか探すも十やそこらの子供が登れる場所はなく孝江は別の道程を探そうと引き返す事にした、しかし村を出た頃には高かった陽もすっかり山陰に姿を隠しこの山峡は灯がないと足元も心許ない状態に陥っていた、それには三人も気付いたようで岩場を避け濡れながら沢を下ろうか吾平が言うと孝江は途中にも滝があった事を告げた、すると庄之助の声を久しぶりに皆が耳にした。
「ここに野宿するのはどうだ?」
孝江も最終的には野宿と言う選択肢を考えていたが先に庄之助の口から出たのだ、それは余計な二人は居るが一晩孝江の側で過ごせると言う猥雑な気持ちから出た物でありそう言った邪な考えには応報が常に付き纏う、夜九つを過ぎても帰らぬ庄之助を心配した父が村の者総出で夜通し探索し続けたが発見には至らず帰らぬ息子を思い失意に沈んでいたところに大手を振って庄之助が駆け寄って来るではないか、正直飛び跳ね歓喜したい父であったが村の者への体裁もある父は心を鬼にしてこれでもかと庄之助を打ち付けた、堪りかねた村の者の制止でそれは止まったが庄之助の顔は蒟蒻芋の如く腫れ上がり変形していた、泰夫の母は優しく抱きしめて迎え吾平の両親は吾平の肩を叩き大笑い、聞けば朝まで吾平がいない事に気付かなかったらしい吾平は軽く拗ねていた、そして孝江の母は既にその片鱗を覗かせ母を悩ましておりその歪んだ表情は如何様にも取れる微妙な表情であった。
庄之助にとっては思い出したくもない思い出、孝江の思い付きに付き合うと碌な事はないと身体に刻み込まれていた、しかし当の本人達、いや村の者を含め誰も知る者はいないのだがあの遭難騒ぎの後、砂金の噂を聞きつけた山師があの滝の上で山崩れの中から露呈している約二斤の山金を難なく手中に納めていたのだ更なる埋蔵金も期待できたが人手を掛ければそれは漏れ必ず幕府が動き出すと山師は亡くなって尚誰に話す事もなかった、もしあの時孝江達が滝を登り山金を見つけていたならこの村はどうなっていた事か計り知れないが山師以外知る者はいない、孝江とは大いなる天命を持ちながらもそれに行きつかない自らもそれに気付いてもいない、そんな悲しき運命の持ち主であったが此度は如何なる結末が待っているのだろうか。




