タイトル未定2026/10/22 02:44
引金を引いた、だが、遠眼鏡の中の砲兵には何の変化もない。
何かに当たることを期待していただけに孝江は手直しの判断ができぬと頭を抱えた、手前で跳ねた気配はない、通り過ぎたにしては斜角から見て考えにくい、ならば左右に逸れたのであろうか。
孝江は今一度、撃って見定めるほかないと腹を決めた、されど、遠眼鏡の中では確実に砲撃の支度が目に見えて整いつつあった。
この距離で撃たれれば、自分か宗盛のどちらかは一撃で吹き飛ぶであろう、そんな不穏な思いが脳裏をよぎった、その時であった。
「孝江っ、後ろだ」
宗盛が叫んだが、その間なく孝江は弾除け半纏の背中に銃撃をうけた、孝江は堪らず店の中へ転がり込んだ、砲兵に集中しすぎて背後に回られている事を悟れなかったと孝江は悔しがり土間を叩いた。
孝江が家屋に消えると敵は宗盛へと前後から攻めたてた。
「弾切れ」
宗盛がそう言うと、ひとたび旅籠の中へ引っ込んだ、孝江は急ぎ地に伏せ、半身のみを外へ差し出して、背後より迫る敵へ筒先を向けた。
敵は孝江はすでに仕留めたと思い込み、宗盛へ狙いを定めていた、ところが、その孝江から不意に射撃を受け、あわてて狙いを孝江へ移す、だがその刹那、装填を終えた宗盛が、間を置かずその敵を撃ち倒す。
されどその間にも前方より迫る敵が、背後の騒ぎに乗じて攻め足を早めた、孝江はこれを牽制せんと、茶筒を投げ放った。
茶筒は鋭く爆ぜたが、敵はすでにその恐ろしさを知っており、ひるみこそすれ退きはしない、せいぜい足を鈍らせるに留まり、ふたりはじりじりと追い詰められていった。
「弾切れ」
今度は孝江が叫ぶ、宗盛から渡された最後の弾入れ金具、慎重に狙えば十分な弾数ではあるがその様な悠長な状態ではない、宗盛と孝江は前方、後方と慌ただしく姿勢を変え敵を迎え撃った。
すると敵の進行が突如として止まり、ひと処で此方を狙い出したのだ、孝江は叫んだ。
「宗盛、下がれっ」
宗盛は旅籠の中へ飛び退き、孝江もまた時を同じくして身を引いた。
その刹那、どんと腹に響く音が轟き、つづいて家屋を打ち破るばりばりという凄まじい音とともに激しい炸裂音があたりを震わせた。
孝江ははっと身を起こして振り返った、見ると、旅籠の入口は無惨にも打ち砕かれていた。
されど砲弾は旅籠の内で爆ぜたのではなく、さらに先で炸裂していた、炸薬の点火の頃合いを見誤ったのであろう、孝江はひとまず胸を撫で下ろしたが、巻き添えを食った隣家にしてみれば、まことに迷惑千万な話であった。
敵はその場から動かず、ふたりをその場に足止めし次弾にて屠るつもりなのであろう、前後の敵は物陰に潜み牽制の射撃をするだけで中々顔を出さない、ならばこちらは城下に散り砲撃を回避する手立てもあるが孝江にはそれに十分な弾がないのだ、弾は残り五発、茶筒がふたつ、短筒を携えてなかった事を今更後悔していた、宗盛は裏手に回り荷車が無事であれば補給もできようが杉が戻ったとして三人でこの局面を凌げるであろうか。
「お前らは、まっこと戦素人だな」
突如、何処からなく声がした、孝江は旅籠に目をやった、いまだ埃たつ旅籠の入口に男がゆっくりと埃の中から現れた、それは内藤。
内藤の手にはあの三郎太の武具が握られ、その傍らでは杉が忙しなく弾帯びを装填していた。
宗盛も背後から現れた内藤を驚きの表情で見ていたが内藤が手にする武具をみて自分の弾入れ金具を孝江に投げやると自分は荷車に走った。
敵兵達は、突如、得体の知れない物を抱えた男が筋に現れると何事であろうかと半身であるが姿を現す、孝江はすかさずその敵を撃つと内藤へ大砲のある方を指差し言った。
「五つ撃って三つ休んで下さい」
孝江は内藤に五指を立てた手を見せた、内藤は黙って頷くと、引金を引いた。
続けざまに低い音が筋に響き渡る、前方の敵は家屋諸共、意図も簡単に蹂躙されてゆく、あまりの凄まじさに逃げ惑う敵兵を容赦なく弾は撃ち抜いてゆく、撃ち抜くでは生やさしい打ち砕いてゆくのだ、内藤は倒れ足掻く敵の背中を踏み前にと進み、武具より吐き出された殻は水溜りに落ち音をあげる。
孝江は背後の敵に集中した、出てこぬのならと物陰に茶筒を投げ入れる、堪らず飛び出た敵を撃つ、天水桶の背後の敵をそれごと撃ち抜くと水が糸に様に流れ出し背後の敵兵の血と混ざり店先を赤く染めた。
内藤は孝江に言われた事を守り、一歩一歩と前に進んだ、その足取は手負いという事を忘れさせ、その姿は不動明王かとすら思えた、それでも戦意衰えず反撃を試みる者もいたが事如く宗盛がそれを始末をした。
前方の敵、及び筋沿いの店先は見るも無惨な姿に変わり果て、迫る脅威に砲兵は焦り次弾の装填作業を急ぐもほどなく内藤によって屠られると、主人なき大砲だけがその場に残されていた。
背後の敵も抵抗を続けていたが孝江から着実に数を減らされ、内藤の筒先がいつ此方に向くやと恐れをなしたか退散していった。
こうして町人地筋の戦いは一応の終焉を迎えた、内藤は何かが切れ、崩れる様にその場に伏し天を仰いだ。
町人地筋には硝煙の香りを含んだ暖かき春風が吹き、桜の花弁がひらひらと内藤の顔に舞い降りた。




