98. 誕生日④ 憧れと現実
「あれ?指、怪我していない?ほら、ここと、あっ、こっちにも。」
ヴィルノアはフェリシアの左手を掴んで言った。
フェリシアは慌てて左手を引っ込めようと手を引いたが、ヴィルノアの手にしっかり掴まれていて抜けなかった。
「指先によく見ると沢山小さな傷があるよ。」
ヴィルノアはフェリシアの手をくるくる動かしながら観察して、言った。
「何をしたらこんなに傷ができるの?」
フェリシアは眉を下げ俯いた。
「言えないこと?」
フェリシアは首を横に振ると、意を決し、顔を上げて言った。
「・・・気付いてほしくなくて包帯外してきたのに、なんで気付くかなぁ。あのね、冬休みに入ってからノアの誕生日に何か作って贈りたいと思って、刺繍にチャレンジしたの。そのぉ、前々からやってみたかった、自分で刺繍したハンカチを恋人に渡す、をしたくって・・・。」
「刺繡?シアが?」
「うん。ほら、好きな人に自分で刺繍したハンカチを渡すっていう習慣があるでしょう。あれ、素敵だなってずっと思っていたの。いつか自分も好きな人ができたらやってみたいって。よく小説でも出征する騎士の恋人に渡したり、何かの記念日に渡したり、借りたハンカチのお礼にって渡してロマンスが始まったり・・・。ドラマチックなシーンの小道具に刺しゅう入りハンカチがなっているじゃない。でも、今まではエリックは友達って思っていたから、刺繍してハンカチを渡すっていうのは違うなって思って作らなかったの。でも、そのぉ、えっと、ノアは違うでしょう。・・・初めて好きになった人だから、贈りたいなぁって思ったの。でも、私、知っての通り不器用で・・・。シルビアがね、毎日教えてくれたの。デザインとか刺繍の仕方とか、上手くいくように頑張ってくれたの。でも、あんまりにもできないから見かねた侍女たちも協力してくれて、それこそ手取り足取り、一から指導してくれたんだけど・・・。何回も失敗して、指も針でたくさん刺して・・・。やっと昨日、何とか見れるかなっていうのができたの。でも、今日になって、やっぱりひどい出来な気がして・・・あげるの止めようかなって・・・もう、なんで気付くかなぁ。」
最初はきちんとヴィルノアを見て話していたフェリシアだ、だんだんと俯いていき声もぼそぼそと小さくなっていった。
「僕の為にシアが刺繍したハンカチを用意してくれた・・・?」
ヴィルノアはぽかんとした顔でボソッと呟き、真剣な顔をして言った。
「どこ?頂戴、シア!」
「聞いてた?出来が悪いから、止めようと思っているって言ったんだよ。」
「えっ、なんで?頂戴、シア!!」
「だから、酷い出来なの!私、不器用だから・・・。」
「欲しい!絶対欲しい!!シアが作ったの欲しい!!!」
「・・・習いたての子供の方が上手いくらいなんだよ。・・・ごめん不器用で。」
「それでもいいよ!シアが作ったって事が大事なんだよ。しかも、僕の為にでしょう。頂戴、シア!」
「・・・笑わない?」
「勿論!笑う訳ないよ。」
「・・・かなり酷いよ。」
「見てないから分からないけど、シルビアが大丈夫って言ったから持ってきてくれたんでしょう?彼女がそう言うなら素敵にできてるよ。うん、きっといい出来だよ。」
フェリシアはしばらく考え込んでいるようだったが、顔を上げると上目遣いで言った。
「絶対笑わないでね。」
「うん、笑うなんてありえない。頂戴、シア。」
ヴィルノアは真剣な顔で訴え続けた。
フェリシアはそっと目を伏せ、ふぅっと息を吐くと、ポケットから包みを取り出した。薔薇の小花がちりばめられた包装紙に紺のリボンが掛けられ、リボンにはカードが挟まれていた。その小さな包みは無理やりポケットに押し込んだのか、クシャっとよれていた。フェリシアは両手で少し引っ張ってよれを直すとカードをきちんと挟み直した。
「・・・はい。お誕生日おめでとう、ノア。」
「ありがとう、シア。・・・嬉しい。」
ヴィルノアは包みを受け取って、カードを引き抜いた。カードには『ノアへ 15歳の誕生日おめでとう。これからも仲良くしてね。 フェリシア』と書かれていた。
ヴィルノアはそのカードに優しく口付けをしていった。
「うん、こちらこそずっと仲良くしてね、シア。開けてもいい?」
「・・・うん。」
フェリシアは目をぎゅっと閉じ、スカートもぎゅっと握った。
ヴィルノアは丁寧に包みを開くと、中のハンカチを手に取った。ハンカチは淡い水色で四つ折りされていて、角にユーカリの葉に囲まれた濃いピンクの薔薇が四本、刺繍されていた。
「シアがデザインしたの?」
「うん。大まかな所は私がデザインしたの。それをシルビアが初心者向けに簡単なデザインに直してくれたんだ。冬花祭でノアがくれた四本の薔薇の髪飾り、あれとても嬉しかったの。だから四本の薔薇にしたの。こんなに簡単なデザインなのに、失敗するは、指に穴開けるは、血がついちゃうは、で何度もやり直したの。これが一番ましな出来なの。・・・ほらっ、小説とかでよくあるでしょう。騎士様に令嬢が紋章とか鷹とか刺繍したハンカチを渡すの。とてもロマンチックで・・・あんな感じで渡したかったのに、こんなのしかできなくて・・・。」
フェリシアは独り言のように下を向いたまま、ぼそぼそと話した。温室内は静かで、ぼそぼそと話すフェリシアの声が響いていた。
あまりの静けさにフェリシアが顔を上げると、ヴィルノアはハンカチを無言で見つめていた。
「ノア?どうしたの、ノア?ねぇ、ノーア。」
フェリシアがヴィルノアの顔の前で手を振ると、ヴィルノアははっと目を見開いたかと思うと、がばっとフェリシアを抱き締めた。
「ノ、ノア!?」
「・・・ありがとう、シア。すごく嬉しい。」
「そ、そう?良かったわ。でもすごく下手くそでしょう。がっかりしたよね?本当に不器用で・・・ごめんね。」
フェリシアはヴィルノアの服をぎゅうっと掴み、肩に顔を押し当てた。
「そんなことない。きれいだよ。がっかりなんてしていないよ。嬉しくて、もう嬉しくて・・・それ以外の言葉が見つからないよ。嬉しい。本当にありがとう。」
「うん。喜んでくれて嬉しい。ありがとう、ノア。」
「お礼を言うのは僕だよ。それに濃いピンクの薔薇だ。花言葉、調べてくれたんだよね?」
「うん。ノアが花ことばに詳しかったから、花に意味を持たせたいなぁって思って調べたの。」
「ありがとう。もう、嬉しいって言葉しか出てこないよ。濃いピンクのバラの花ことばは『愛を誓います』だよね。ユーカリの葉の花ことばが『永遠の幸せ』、四本の薔薇が『死ぬまで気持ちは変わらない』・・・こんな風にシアに言ってもらえる日が来るなんて・・・夢みたいだ。」
「ふふっ、大げさね。」
「大げさなんかじゃないよ。頑張ってくれて、ありがとう。一生の宝ものにするね。シア、大好き。」
「ふふ、知ってる。ちゃんと使ってね。」
「もったいないなぁ。でも使わせてもらうよ。」
ヴィルノアはフェリシアの頬にちゅっとリップ音をさせて口づけをすると、フェリシアに回した腕に力を込めた。
フェリシアは頬を赤く染め幸せそうに微笑んだ。




