95. 誕生日① 兄達からの贈り物
「今日のヴィル君の仕事はこれね。」
ヴィルノアがいつものようにテオドールの執務室を訪ねると、爽やかな笑顔で大量の書類と共にテオドールは言った。冬休みの間、ヴィルノアはテオドールの下で公務を少しずつ教わっていた。朝、テオドールの執務室を訪れ、夕方まで執務室に用意された机でデスクワークをこなすというのが、ヴィルノアの冬休みのルーティーンであった。テオドールの執務室には、彼の補佐をするジルベールの机もあり、ジルベールもヴィルノアの仕事を指導していた。
テオドールはこの国の第一王子で、王位継承権第一位を持っている。エリックもヴィルノアもテオドールを尊敬し、彼が次期国王にふさわしいと考え、ゆくゆくはテオドールを一臣下として支えていきたいと考えている。それは誰もが知るところであるため、継承権争いなどはない。この国の後継者事情はとても平和だった。
ヴィルノアも学園に入学したことにより、少しずつだがテオドールの仕事を手伝えるよう、こうして長期の休みを利用して勉強中だ。エリックは既に独り立ちをしていて、自分に振り分けられた仕事を自分の執務室で行っている。
テオドールは王太子ということもあって、仕事の内容も幅広く、その量も多い。その一部を冬休みの間はヴィルノアが担当するのだ。
「はい。」
ヴィルノアはぼそっと言って、テオドールから渡された書類の束を受け取り、席に着いた。ぱらぱらとめくり、ふぅっと息を吐き出すと、静かに仕事を始めた。テオドールとジルベールはそんなヴィルノアを見て、目を合わせた後、テオドールが言った。
「ヴィル君、どうした?元気ないね。」
「・・・何でもありません。」
「そんなことはないだろう。分かりにくいけど、むすっとしてるよね。お兄ちゃんには分かるよ。」
「・・・。」
「んっ、どうした?お兄ちゃんに言ってごらん。」
テオドールはにこにこしながら言った。
「かわいい弟の為だ。力になるよ。」
「・・・シアが、足りません。」
「ん?」
「シア不足です。シアが足りません。」
ヴィルノアはうつろな目で言った。
「シアに会えていません。シアが足りないので、何事にもやる気が出ません。」
テオドールはやれやれと苦笑いを浮かべた。
「仕事だからね。プライベートと分けないとね。これから先やっていけないよ。」
「はい。分かってはいます。だから、仕事しに来ています。」
「最後にフェリシアに会ったのはいつかな?」
「冬花祭です。」
「ああ、あの時か。ヴィル君、随分頑張っていたよね。」
「はい。僕がいるのに、シアの周りにまだ虫が飛ぶんです。害虫駆除が必要だったんです。」
「うん、虫ね・・・。フェリシアは見た目も中身もかわいいもんね。」
「はい。」
「うん、即答だね。」
テオドールとジルベールは顔を見合わせ苦笑した。
そしてジルベールはヴィルノアに近づき、言った。
「ヴィルノア殿下、今日は殿下にプレゼントを二つ持ってまいりました。」
そう言ってジルベールは胸ポケットから一通の手紙を取り出した。
「一つ目はこれです。」
小花が四隅に描かれたかわいらしい封筒の表には、『ノアへ』と几帳面な字で書かれていた。
ヴィルノアは目を見開きがばっと立ち上がった。
「はい、お分かりの通り、我が妹から殿下に宛てた手紙です。」
ヴィルノアが受け取ろうと手を伸ばすと、ジルベールはさっと手を引いてテオドールに渡した。テオドールはにっこり笑って言った。
「さっきジルと話したんだけどね、その手元の仕事が終わってからヴィル君に渡した方がいいねって。読みたかったら、お仕事頑張ろうか、ヴィル君。」
「読むと仕事が手につかなくなりますよね、殿下?なので頑張ってください。終わり次第お渡しします。もう一つのプレゼントについても、その手紙の後でお伝えしますね。こちらもフェリシアに関連することですよ。」
ジルベールはにっこり笑ってそう言うと、自身の仕事に取り掛かり始めた。
「はい、ヴィル君、着席ね。頑張らないと終わらないよ。」
ヴィルノアはテオドールを一睨みすると、大人しく席に着き書類をさばき始めた。その集中力はすさまじいもので、あれだけ厚く積み上げられていた書類たちは、昼前には片付いていた。テオドールとジルベールは出来上がった書類を確認すると感嘆の声を上げた。
「やるね、ヴィル君。この量をこの短時間で完ぺきにこなすなんて、集中力が半端ないね。」
「流石です、殿下。完璧です。お疲れさまでした。」
ジルベールはにこにこしながら書類を揃えた。
テオドールは引き出しにしまっていたフェリシアからの手紙と、一通のカードと鍵を取り出した。
「はい、お疲れさま。約束のフェリシアの手紙だよ。そしてこちらの鍵とカードは僕からのプレゼントね。王妃専用庭園の鍵とその使用許可証だよ。」
ヴィルノアは訝しげな顔をしてテオドールを見た。
「ヴィル君、今日誕生日でしょう。これと、午後のお休みは僕とジルからのプレゼントね。楽しんでおいで。15歳だね。おめでとう。」
「おめでとうございます。」
テオドールとジルベールはにこにことヴィルノアを見た。
「・・・ありがとうございます。忘れていました。」
「はは、フェリシアの言ったとおりだね。」
「ええ、毎年ヴィルノア殿下はご自身の誕生日を忘れると我が妹が言っていましたが・・・本当でしたね。」
二人は顔を見合わせ苦笑した。
「という訳で、ヴィル君、今日は昼からお休みね。」
「・・・何でです?」
「まぁ、まずは手紙を読んでみて。」
ヴィルノアはフェリシアの手紙を受け取ると丁寧に封を切り、すぐに目を通した。そして目を見開き、嬉しそうに笑った。
「おお、ヴィル君、そんな顔もできるんだね。」
「ヴィルノア殿下がかわいい・・・ん、ごほっ、失礼しました。殿下、二つ目のプレゼントは図書室に置いてきました。ご自由にお連れ下さい。帰りは迎えに行く、と言ってあります。」
「ヴィル君も知っていると思うけど、王妃の庭園の温室は冬でも温かく過ごせるんだよ。花もきれいに咲いているしね。恋人との逢瀬にはいいだろう。ああ、ただ侍女か侍従か誰か連れて行ってね。未婚の男女が二人っきりでいると何かと騒ぐのがいるから、ね。」
「はい、兄上、ジルベール殿、ありがとうございます!」
満面の笑みで言うヴィルノアを二人は温かい目で見た。
「はい、はい、もう行っていいよ。楽しんでおいで。」
「妹をよろしくお願いします。」
「はい!」
ヴィルノアは速足で部屋を出て行った。
「見たか、あの笑顔。フェリシアはすごいね。」
「殿下のあんな笑顔初めて見たよ。テオ、婚約できるようにして良かったな。」
「ああ、良かった。多少の無理は押し通すものだな。ヴィル君のあの笑顔は嬉しいよな。フェリシアもヴィル君に好意を抱いているようだし、エリックも王女と上手くいっているようだし、全てが丸く収まったな。」
二人の兄達はヴィルノアを見送った後、かわいい弟たちと妹の幸せを喜び合ったのだった。




