92. ヴィルノアという人⑧ー1 シア不足
シアが足りない。
学園に行けばよっぽどのことがない限りシアに会える。お昼休みは必ず食堂で。たまに廊下ですれ違うこともある。それなのに、定期考査が明けた後、シアに会えない日々が続いた。シアが学園にいるのに会えないのだ。ストレスと苛立ちを感じた。
会えないなら、会いに行けばいいとシアの教室を訪ねると、シアはさらっとした態度で出迎えてくれた。僕は会えなくて、シア不足で死にそうだったのに、シアはそんなことないらしい。
もともとシアは淡白だ。淡白と言うと語弊があるか。ただ僕に会えなくて寂しいと思い始めるまでの期間が僕より長いだけだ。僕が極端に短いのかもしれないが、シアは長すぎる。多少時間が空いても僕の気持ちが変わらないと信頼してくれているのだろうけど、少しは寂しがったりして会いたいと思ってくれるといいのに。
シアに久々に会ったら、彼女は僕をぎゅうっと抱き締めてくれた。シアは小柄だけれど、出るところは出ていて、顔に当たる二つの柔らかい・・・冷静でいられなくなるあの柔らかい・・・うん、僕にはまだ早い、刺激的な物だ。シアが大人の女性だとはっきりと意識させられた。
そのくらくらする出来事の後、僕はシアを膝の上に抱っこして、何食わぬ顔で実行委員のミーティングに参加した。参加というより、シアの椅子としてその場にあっただけかもしれない。シアは恥ずかしがったけど、シア不足だったので離れることなんてできなかった。実行委員の人たちは僕を黙認した。こういう時、王族で良かったと思う。権威を振りかざす気は全くないが、多少の我が儘を黙認してもらえる。
ミーティング内容を聞いていると、あまりこれっといった企画は決まっていないようだった。そこで僕は提案することにした。実行委員の願いを叶えるふりをしてシアの好きそうな企画を。
シアは恋愛小説が好きだ。僕は好きじゃない。はっきり言って読む対象ではない。非現実的な展開だし、歯の浮くような愛の言葉は胡散臭いし、ありえないハプニングは起き過ぎだし、場を盛り上げる為なのかなんだそれっといったシチュエーションでヒーローとヒロインはいちゃつく。でもシアが好きだから時々読む。シアが感動したとか言ったものに限るけど、ね。そう、シアは夢見る乙女的なかわいい部分があるんだ。純粋に主人公達に共感して、ときめく。かわいいよね。僕にはないことだ。
だから、花ことばとか、薔薇の本数の持つ意味とかを基にした彼女の好きそうな花飾りを提案した。そしてステンドグラスのもたらしてくれる幻想的な光の中で行うサプライズを思いつき、クララ嬢に協力を求めた。クララ嬢は思考の柔軟な人で、喜んで協力をしてくれるばかりか、コサージュで作るオーナメントを提案してくれた。あれは幻想的な舞台づくりに一役買ってくれていた。クララ嬢にお礼を言うと、面白そうだからどんどんやってください、と言われた。
シアの椅子代わりのはずが、クララ嬢に実行委員の頭数として戦力として認識されてしまった。彼女はなかなか抜け目のない人だ。まぁ、僕としてはシアの傍に居られればいいので、仕事を振られればそれに応じた。
シアが小さい頃から好きな本は王子様とお姫様が出てくる絵本で、王子が姫に永遠の愛を誓うシーンが特に好きだ。絵本には王子が跪いて、姫に花を差し出す絵が描かれている。だから、僕は時々王子然とした振る舞いをする。ダンスに誘う時や想いを伝えるときとか、これでもかって言うほど、王子様を演じる。そう大仰なぐらいに王子様らしく振舞うんだ。
シアが喜んで笑顔になるならそれでいい。
兄上が腹黒いとか、シルビアがあざといとかいうけど、いいんだ、それで。何とでも言えばいい。シアが笑うなら他が何を言おうがかまわない。
今回の四本薔薇の企画は、エリック兄上もエリザベス王女も楽しめたようだ。
それにしても兄上があんなに王女に惚れこむなんて意外だった。シアと婚約していた時には恋愛に淡白な人のように見えていた。実際は、僕に負けず劣らずの熱い恋心を隠さない人だったんだね。
知らなかったよ。
王女と出会えて良かったね、兄上。
実行委員のミーティングでは常にシアを膝に座らせた。いわゆるお膝抱っこだ。
シアは小柄だ。だけど小さい頃、僕は病気がちだったせいか年齢の割に背が低かった。だからその頃はシアを見上げていた。
体が丈夫になるに連れ、背も伸びた。いつしかシアの背に追いつき目線の高さが同じになった。が、この頃は婚約者でも何でもなくシアにあまり会えなかった。
学園に入る頃には背も伸び、シアは見下ろす存在になり、今ではシアのつむじが見える。だからお膝抱っこをして目線の高さが合うというのは、新鮮でよい。
毎回少しだけ駄々っ子の様に強請って、恥ずかしがるシアを膝に乗せた。継続は力なりっていうけど、その通りだね。毎日、恥ずかしがって横に座ろうとするシアを膝にのせて抱き締め続けたら、シアだけじゃなく周囲も当たり前のことと見なしてくれるようになった。
毎日スキンシップが取れるなんて・・・数か月前までは考えられなかった。
ましてキスなんて一生ありえないことだと思っていた。まぁ、家族として頬にキスくらいはありかと思っていた。それが口にキス、いわゆる恋人同士のキスができるなんて・・・奇跡だ。




