91. 冬花祭⑯ エリックも頑張ります
「シア、見て。」
ヴィルノアはフェリシアの肩を掴んで体の向きを変えた。そしてフェリシアの耳元でヴィルノアは囁いた。
「ほら、兄上達だ。」
赤いモニュメントの前でエリックはエリザベスを抱き締め、彼女の髪に髪飾りを付けていた。
「うわぁ、エリックもやるわね。私と婚約していた時と別人ね。」
「・・・シアと何事もなくて良かったよ。」
「あるわけないよ。最後まで友達だったもの。もちろん今もね。ノアも知っているでしょう。」
「うん。・・・ぜひともエリザベス王女には頑張ってもらいたいよね。兄上がよそ見しないように。」
「ふふっ、エリックはよそ見なんてしないよ。ノアのお兄さんだもの。」
「そうだね。僕はシアしか見てないもんね。」
「うん、いつまでも私だけ見てね。」
「・・・シア、大好き。」
「うん、知ってる。」
フェリシアはそっとヴィルノアに寄りかかると、ヴィルノアはフェリシアの肩をそっと抱いた。
エリックはエリザベスを抱き締め、彼女の髪に髪飾りをつけながら幸せをかみしめていた。
「エリザベス、俺も君に花を贈りたい。付き合ってくれるか?」
エリックはエリザベスに手を差し出した。頬を赤らめたエリザベスはエリックの手に自身の手を重ねた。
「はい。」
エリザベスは自身に起こるであろう出来事に胸をときめかせた。そしてエリザベスはものすごい速さで動く心臓の音をエリックに気付かれないように、黙ってエリックのエスコートに従った。
赤い薔薇のモニュメントの前にエリザベスが立つと、夕方の優しい光がステンドグラスを通して差し込むことで、物語の中に紛れ込んだかのようだった。
「素敵ですわ・・・。」
思わずエリザベスの口から言葉がこぼれた。
「ああ、きれいだな。」
エリックは目を細めてエリザベスを見てボソッと呟いた。
「君はきれいだ。」
ステンドグラスを通した幻想的な光の中で目をキラキラさせて立つエリザベスは女神のようだとエリックは思った。
「エリザベス、髪飾りを貸してもらえるか。」
「ええ。」
エリックはそっと髪飾りを取ると、自身のコサージュを取り付けた。
そしてエリザベスの前にエリックは跪いた。
「君と出会ってからまだ一年も経っていないけど、俺は君に本気で惚れている。君と出会えて、婚約できたのは、俺の人生の中で一番の幸運だ。俺はがさつで、不器用な奴だ。気付かないうちに君を傷つけてしまうこともあるだろう。ああ、俺は何を言っているんだ。不器用過ぎるな。ああ、なんだ、君を好きな気持ちは一生変わらない。うん、それは断言できる。俺の全身全霊を掛けて君を大切にするよ。だからこの四本の薔薇を君に贈りたい。受け取ってもらえるか?」
エリックの真剣な表情と、飾らない言葉に、エリザベスは言葉を失い大粒の涙をぽろぽろとこぼした。
「はい・・・。」
やっとのことで言葉を発したエリザベスを、エリックは立ち上がりそっと抱き締めた。
「ありがとう、エリザベス。愛してる。」
エリザベスの耳元でエリックは囁くように言った。そして、エリザベスの髪に髪飾りをエリックは彼女を抱きしめたまま付けた。
しばらくの間エリックはエリザベスを抱き締めていたが、エリザベスの涙が止まったのを見て体を離した。
「俺にもコサージュを付けてくれるか?」
こくんと頷くとエリザベスは四本の赤い薔薇のコサージュをオーナメントから取り、エリックの胸ポケットに差した。
「素敵ですわ、エリック。」
「ありがとう、エリザベス。」
エリックはエリザベスの目元に自身の唇を寄せて、優しく微笑んだ。エリザベスははにかんだ微笑みをエリックに向けた。エリックは一瞬固まったように見えた後、エリザベスの顎をすくってエリザベスの唇に自身の唇を重ねた。ほんの数秒で離れると、しばらくの間二人はキスの余韻を味わうかのように見つめ合っていた。
周囲の者達はまるで舞台の一幕のような二人のやり取りを固唾を飲んで見入っていた。そして二人の口付けを見た女生徒から、きゃぁっという声と、ほぅっというため息が聞こえてきた。
「うん、エリック殿下はやっぱりヴィルの兄上だ。」
遠目でエリック達を見ていたバルトは一人うんうんと頷いていた。
「私の弟たちは何をしているのかな。」
テオドールは呆れた声で言った。
「テオも似たようなもんじゃないか。兄弟そっくりだ。」
ジルベールも呆れた声で言った。
「それにしてもヴィル君頑張るねぇ。フェリシアはもてるから、ヴィル君も気が気じゃないんだろうね。フェリシアも大変だ。」
テオドールは苦笑いを浮かべて言った。
「まぁ、ヴィル君のあんな幸せそうな顔見ちゃうとねぇ・・・何も言えなくなるね。」
ジルベールは小さく息を吐いて言った。
「俺のかわいい妹も幸せそうだ。正直、殿下にフェリシアを取られるのは面白くないけど、フェリシアが幸せなら仕方ないかな。」
「ははっ、私たちの弟と妹の恋路を一緒に見守ろうじゃないか。」
「そうだな。兄の役目、だな。」
二人は静かにお互いのグラスを当てた。
「ああ、エリザベスが蕩ける様な笑顔だわ。綺麗・・・。」
フェリシアは両手を胸の前で合わせて言った。
ヴィルノアはフェリシアを後ろからそっと抱き締めた。
「兄上も幸せそうだ。」
「ふふっ、エリックもエリザベスもお互い以外見えてないみたい。」
「そうだね。僕たちと同じだね。」
「ふふっ。何だか恥ずかしいね。」
「そう?僕は恥ずかしくないよ。ずっとこうしていたい。」
「もうっ、ノアったら。」
フェリシアは頬を赤らめた。
「みんな僕たちの様に上手くいくといいね。」
「ふふっ、そうだね。」
「あっ、ワルツが始まったよ。僕たちも踊ろうか。」
「うん。」
ヴィルノアはフェリシアから一旦離れると、フェリシアの正面に立ち胸に手を当てて言った。
「では、僕のお姫様。僕にあなたと踊る栄誉を与えて下さいますか?」
フェリシアは澄ました微笑みを浮かべ、スカートの裾を摘まみ、もう一方の手を差し出した。
「はい、喜んで。」
ヴィルノアはフェリシアの手を取ると、その甲に口付けをした。そしてダンスの輪へとフェリシアをエスコートしたのだった。




