9. 挨拶は大事です
ランチタイムの食堂でいつものようにいつものメンバーで食事をしていた時だった。
「フェリシア!」
耳に馴染んだ明るい声がフェリシアの耳に届いた。声のする方に目を向けるとニコニコと笑顔で両腕を広げているジルベールがいた。
「お兄様!」
フェリシアはすぐに立ち上がり、ジルベールに抱きつき頬にキスをした。
「おかえりなさい!」
ジルベールはキュッとフェリシアを抱きしめ、頬にキスをした。
「ただいま。いい子にしていたかい?」
「もうっ、お兄様ったら、子ども扱いしないでください!」
フェリシアはぷうっと頬を膨らませた。
「はは、フェリシアはいつも元気だね。」
ジルベールの後ろから第一王子のテオドールが顔を出した。
「テオ兄様!」
フェリシアはジルベールの腕の中から抜け出し、テオドールの肩に手を置いた。テオドールが少し屈むとフェリシアは背伸びをしてテオドールの頬にキスをし、抱きついた。
「おかえりなさい!」
テオドールもフェリシアの頬にキスを落とし、ぎゅっと抱きしめた。
「ただいま。いい子だったかい?」
「もうっ、テオ兄様まで!」
フェリシアはぷうっと頬を膨らまし、口をとんがらせた。
「はは、それは淑女の顔かい?」
悪戯っ子のような顔でテオドールはにこにこしている。フェリシアは肩をすくめたものの、テオドールがつけているシトラス系の爽やかな香りと、温もりが心地良く、テオドールの腕の中に収まっていた。
「兄上…。」
フェリシアから顔は見えないがヴィルノアの声だった。
「なんだい?」
「・・・なぜシアが兄上にキスをして抱きしめられているのですか?」
今まで聞いたこともない冷めた声にびっくりして、フェリシアはテオドールの腕の中で体の向きをかえ、ヴィルノアを見た。ヴィルノアは無表情でテオドールを見ていた。
「いつもの挨拶をしているだけだよ。ねっ、ジル。」
テオドールは明るい声で飄々と言う。
「私はそうですね。フェリシアの兄なので。」
「あれ、そういうこと言うの?私もフェリシアの兄みたいなものだから、ジルと同じ挨拶でいいよねってことになったんだよね、フェリシア?」
「ええ、テオ兄様は将来もう一人のお兄様になるのだからジルベールお兄様と同じおかえりなさいの挨拶をすべきだとテオ兄様が仰ったのよ。その時はエリックと婚約していたから、そうだなぁって思って。公務からお兄様が帰っていらしたときはいつもご挨拶しているの。ねっ、テオ兄様。おかえりなさいの挨拶ですよね。」
「かわいいフェリシアが妹で嬉しいよ。」
「ふふ、テオ兄様ったら。」
フェリシアとテオドールは顔を見合わせ、ねぇと微笑み合う。いまだフェリシアはテオドールの腕の中にいるので、傍から見るとただのバカップルのようである。
「・・・。」
ヴィルノアは黙って俯いていた。
「仲がよろしいのですね。わたくしも兄がおりますが、このような挨拶はしたことがありませんわ。」
エリザベスは頬に手を当て、ポカンとした表情で言った。
「やあ、エリザベス王女。学園生活を楽しんでいますか?」
テオドールは完璧な王子スマイルをエリザベスに向けた。
「はい、皆様のおかげで充実した毎日を送っております。」
エリザベスも美しい王女スマイルで答えた。
「それは良かった。そういえば、あなたの兄君も来月から留学してくるそうだね。」
「はい、兄もこの学園の評判を聞き興味を持ったようで留学を決めましたの。」
「兄君は私達と同じ学年に編入すると聞いているよ。お会いするのが楽しみだよ。」
「ありがとうございます。兄をよろしくお願いいたします。」
テオドールの腕の中で大人しくエリザベスとテオドールのやり取りを見ていたフェリシアは、俯いて黙り込んでいるヴィルノアが気になっていた。なぜ黙り込んでしまったのか分からず、フェリシアは首を傾げた。
「どうしたの、フェリシア?難しい顔して。」
「テオ兄様、ノアはどうしたのでしょうか?」
「ああ、あれね。気にしなくていいよ。」
テオドールは優しく微笑む。
「でも…。」
「兄上、フェリシア、そろそろ食事を取らないと昼休みが終わってしまいますよ。」
エリックが手に持ったフォークをプラプラと行儀悪く振りながら言った。
「そうだね。フェリシアまたね。」
腕を解き、テオドールとジルベールは去っていった。
「いけないシチューが私を呼んでいるわ。」
急いでフェリシアは席に戻った。
「お前相変わらずあの挨拶してるんだな。」
エリックは呆れたように言った。
「うん、変わらないよ。」
フェリシアはまだ温かいシチューを口に運んだ。
「兄上は知っていたの?」
ヴィルノアは顔を上げ、エリックを見た。
「ああ、兄上がフェリシアを言いくるめていた時も居たしな。兄上達はフェリシアにあの挨拶をしてもらう為だけにわざわざ公務の後とかにフェリシアに会いに来るんだ。」
エリックはフォークにミートボールを刺し、口に運んだ。
「しかもこれは兄上の婚約者マリアンヌ嬢も公認だぞ。彼女もフェリシアに会うと同じようにキスしてハグしてってしている。お久しぶりの挨拶だとか言ってな。」
「マリアンヌお姉様はいつもお花の香りがして、ふんわり柔らかくて、優しくて大好き!とても美しいから、テオ兄様と並ぶと一枚の絵画のようで素敵なのよね。」
フェリシアはうっとりとした表情で言った。
エリザベスは食後の紅茶をすすり言った。
「本当に仲がよろしいのですね。」
「うん、エリザベスにも紹介したいよ。きっと仲良しになれるよ。」
フェリシアは満面の笑みを浮かべた。
「ええ、お会いしてみたいですわ。」
「そのうち会えるよ。確かに絵になる二人だし、似た者同士でお似合いの二人だな。」
エリックは含みのある言い方をして、オスカーと頷きあった。
「・・・知らなかった…」
ヴィルノアは席に着き、テーブルに肘をつき両手を組み顎を乗せた。じっと視線は下に向けたまま、固まっているかのようだった。
「ねえ、食べないと休み時間終わっちゃうよ。」
フェリシアはヴィルノアが食事に一切手を付けていないことに気付き、顔を覗き込んだ。
「食べないと大きくなれないよ。」
フェリシアはからかうように言った。
「・・・シアは僕のこと弟のようだといつも言うよね?」
「うん、かわいい弟だよ。」
「でも、あの挨拶されたことないよ。」
「そうだね、したことないね。だって、ノアにおかえりなさいって言うシチュエーション今まで一回もなかったでしょう。エリックにもそんなシチュエーションなかったから、おかえりなさいの挨拶したことないよ。」
「・・・そうだね…」
ヴィルノアは俯いたまま、悲しそうなやるせない表情をしていた。
「もう、しょうがないなぁ。」
フェリシアはふぅと小さく息を吐きだしてた。そしてヴィルノアの肩に手を乗せ、ヴィルノアの頬にちゅっと軽く唇を当てた。ヴィルノアは慌てて顔を上げ、自身の頬を押さえた。
「あっ、やっと顔上げたね。ほら、テオ兄様達とお揃い。ねっ、ご飯食べよ。」
フェリシアはにっこりとヴィルノアに微笑みかけた。
ヴィルノアは目を丸く見開いたが、すぐに目を細めて笑った。
「うん、シア大好き。」
「うん、知ってる。」
二人はにっこり顔を見合わせた。
「すごいですわ…!」
エリザベスは頬に手を当て、ほぅと息を吐いた。
「悪魔だな」
エリックは苦笑いを浮かべた。
「無自覚って怖いですねぇ。」
オスカーは眼鏡を押さえた。
「…。」
シルビアは静かに紅茶をすすった。




