89. 冬花祭⑭ クララの春
クララはヴィルノア劇場の余韻を会場内の参加者が堪能し終えたのを見計らって、マイクで話し始めた。
「さて、皆様、リアル見本はいかがでしたでしょう。見本、というと殿下に叱られてしまいますね。殿下の本気と共に、赤い薔薇のコサージュと髪飾り、オーナメントのコサージュの使い方は伝わったかと思います。二本薔薇の髪飾りとコサージュは金具によって接続可能です。オーナメントに飾られた四本薔薇のコサージュは皆様お好きなようにお使いください。四本薔薇の意味は『死ぬまで気持ちは変わらない』ですので、ご覚悟のある方、頑張ってくださいね。」
クララがそう言うと会場内から笑いが起きた。
すると、いつの間にかフェリシアをエスコートしてきたヴィルノアによって、クララはマイクを奪われた。
そしてヴィルノアは外向きの笑顔を浮かべてマイクで話し始めた。
「皆様の立会いのもと、僕の想いを四本の薔薇に寄せてシアに伝えられましたこと嬉しく思います。そして、このように想いを返してもらえました。」
ヴィルノアは胸のコサージュを撫でた。その優しく愛し気に撫でる仕草と、繕うことのない蕩ける様な微笑みに、女生徒たちからほぅっと感嘆の声が起きた。
そして再び顔を会場内の聴衆に向けた。会場内は一瞬で凍り付いた。なぜならヴィルノアは口角は上がっているものの、目が全く笑っておらず、それどころか黒いオーラをまとっていたからだ。
「皆様がご覧になった通り、僕はシアの物です。そして、彼女は僕のシアです。く・れ・ぐ・れ・も、そのことをお忘れなきよう、お願いします。」
ヴィルノアはフェリシアの腰を抱き、引き寄せた。
聴衆はくっと息を飲んだ。
フェリシアは不穏な空気を感じ取りつつも、何が起きているのか分からず、ヴィルノアに聞いた。
「どうしたの、ノア。」
「んー、何でもないよ。」
ヴィルノアはうって変わって優しくとろけるような瞳でフェリシアを見た。
聴衆はヴィルノアのあまりの豹変ぶりに驚いたものの、安堵のため息をつき、生温かい視線で二人を見ていた。
「皆様、これからも僕たちを温かく見守ってくださると幸いです。」
ヴィルノアは再び聴衆に向け話し始めた。
「赤い薔薇の活用方法はご理解いただけたでしょう。それではここで白い薔薇の活用法についてお伝えしたいと思います。窓際の白い薔薇のオーナメント前の二人をご覧ください。」
ヴィルノアは大きく腕を振り聴衆の視線を誘導した。
白い薔薇のモニュメントはもう一つのステンドグラスの前に置かれていた。
そしてそこにはぽかんとした顔でエスコートされているクララと、緊張した面持ちでクララの手を取る眼鏡の青年がいた。この青年はフェリシアと同じクラスの男の子で、クララをいつも補佐して共にクラスを取りまとめてくれている。名前は、ベンジャミン・パーラー伯爵令息。
ベンジャミンはクララの手を取ったまま、クララの前に跪いた。
「クララ嬢、ぼ、いや、私はずっとあなたをお慕いしていました。あなたのクラスをけん引する行動力も、商魂たくましい所も、気の強さも、その割に情にもろい所も、全部好きです。どうか私の気持ちを受け取ると共に、これからのあなたの人生で私があなたの隣にいることを認めて頂けませんか?」
そう言うとベンジャミンは胸の白薔薇のコサージュを取って、クララに差し出した。
クララはいつもの勢いはなく、自身に起きていることを理解できずにいた。クララはベンジャミンの顔をじっと見た。そしてベンジャミンの真剣な目と、ぎゅっと結ばれた口元と、コサージュを持つ小刻みに震える手が目に入った。
私、もしかして告白されて、しかも求婚されているの・・・えっ、わたしが!?えっっ!!っとクララはやっと現状を把握できた。胸の前でぎゅっと手を握りしめて、再びベンジャミンを見た。
「クララ嬢。だめでしょうか?あなたのパートナーとして役不足でしょうが、あなたの隣に立つための努力は怠らないつもりです。受け取っていただけませんか?」
ベンジャミンは不安気に眉を下げた。
クララは、はっと目を開いた後、仕方ないなぁといった微笑みを浮かべて言った。
「・・・私でよければ、よろしくお願いします。」
「えっ、いいの?ほんとに?」
「ええ、私のようなものでよければですが。」
「もちろんです!あなたがいいのです!!」
ぱぁっと満面の笑みを浮かべ、ベンジャミンは立ち上がった。
クララはベンジャミンを見て目を再び見開いた後、ふふっっと笑った。
「髪飾りをお借りしても?」
「はい。」
ベンジャミンはクララの髪飾りを取り外し、自身のコサージュを取り付けた。
「二本の薔薇の意味は相思相愛。今はそうではなくとも、いずれ相思相愛になれるよう頑張るよ。これを髪につけてもいい?」
目をキラキラさせてベンジャミンは聞いた。
「ええ、お願いします。」
クララはふふっと笑った。
ベンジャミンは不器用ではないはずなのに手が震えて中々うまくつけられなかった。時間がかかったものの髪飾りを付け終えたベンジャミンはふぅっと小さく息を吐いた。
「き、緊張した・・・あっ、よかったら僕にもコサージュをもらえるかな?」
ベンジャミンは最初と違い、砕けた言葉になっていた。
クララは白薔薇のオーナメントから白い二本の薔薇で作られたコサージュを取り、ベンジャミンの胸ポケットに差した。
ベンジャミンは再びぱぁっと満面の笑みを浮かべた。
クララはそれを見てふふっと笑った。
「ありがとう、クララ。これからよろしくね。」
「こちらこそ、よろしくです。」
二人は微笑み合った。
息を殺して見守っていた聴衆は二人がうまく纏まったのを見て、大きな拍手を送った。
拍手の音に二人は衆人環視であったことを思い出し、ベンジャミンの拙いエスコートで二人はその場を退場したのだった。




