75. ヴィルノアのアシスト
「ここはどう解けばいいのかしら?」
エリザベスは数学の教科書の問題を指さし、首を傾げた。
ここは放課後の図書室。エリザベスは二人掛けの席にエリックと隣り合わせで座り、定期考査の勉強をしていた。さすがにテスト前とあって、図書室の八割がたの席が勉強をする生徒達で埋まっていた。
エリックはエリザベスの指した問題をサラっと見るとノートに数式を書き始めた。
「ここはこうやって、この公式を使って・・・ほら簡単だろう。理解できた?」
「まぁ、わたくしこの公式を使っていなかったから、計算を難しくしてしまっていたのですね。・・・あらっ、簡単に解けましたわ!」
「ああ、完璧だな。」
エリックが優しく微笑むと、エリザベスも嬉しそうに笑ってエリックを見た。エリックはくっと息を飲んだ。そして辺りをキョロキョロ見た後、エリックはエリザベスの頬に手を当て、エリザベスを引き寄せつつ自身の顔を近づけた。
「えっ?あの・・・。」
エリザベスが言い終わる前にエリザベスの頬に柔らかいものが押し当てられ、チュッと小さな音が聞こえた。エリックが顔が離れるとエリザベスの頬からも手が離れた。エリザベスは自身に起きたことを自覚すると、瞬く間に頬を赤らめた。そしてエリザベスは両手で両頬を押さえた。
「赤くなった。かわいい。」
エリックはほんのり頬を赤く染め、楽しそうに目を細めた。そしてエリザベスの左手を取り、ぎゅっと握った。
「かわいいから、顔、隠さないで。」
「!!」
顔を赤らめたエリザベスがおずおずとエリックを見るとエリックの頬がほんのり赤くなっていることと、耳が真っ赤に染まっていることに気付いた。
「エリックも耳が真っ赤ですわ。」
エリックは目を見開いた後、ふいっと顔を背け、ぼそっと言った。
「初めてだったから・・・。」
「えっ。」
「家族以外に口付けるなんてしたことなかったから・・・慣れていなくって悪い。」
「・・・フェリシアとは長い間婚約してましたよね?あの、その、彼女とはそういうことはしなかったのですか?」
「ない!あいつとは最初から気の合う友達で、お互い恋心を抱けなかったことはエリザベスも知っているだろう?友達とは口づけはしないよな。フェリシアと甘い雰囲気になったことは一度もない。」
「まぁ・・・。」
エリザベスはエリックの真剣な顔も、赤くなった耳と頬も、握られた熱い手も、初めてだとぼそっと呟いたことも、全てに喜びを感じ自然と笑みを浮かべた。エリックはその顔を見て、息を飲んだ。
「あっ、ごめんなさい。すごく嬉しくなってしまって・・・エリックとフェリシアが本当の意味での婚約者になろうと努力していたの知っておりましたのに・・・初めてって聞いて嬉しくなってしまいましたの。わたくしも初めてでしたし・・・自分勝手なのですわ、わたくし。」
「俺も初めてって聞いて嬉しくなった。俺も自分勝手で、一緒だな。」
エリックはにかっと笑って言った。
「エリザベスはやっぱりかわいいな。」
エリックは握っていたエリザベスの左手を自身の唇に寄せて軽く口付けをした。そしてその手を握ったまま机の下に入れた。
「このまま勉強を続けていいか?」
エリザベスは頬を赤らめ、こくんと頷いた。
「ありがとう。俺、初めて左利きでよかったと思ったよ。右手はこのままでも、左で書き物ができるものな。」
左手にペンを持つエリックは楽しそうだ。
「そうだ知っているか?こうやって指を絡めた手のつなぎ方を恋人つなぎって言うらしいぞ。」
そう言ってつないだ手の指を絡めるエリックは本当に楽しそうだ。
「恋人つなぎって・・・」
エリザベスは顔を赤らめたまま、恥ずかしさのあまり視線を彷徨わせた。
「あいつはしていなかったがな。」
「あいつ、ですか?」
「ああ、あいつだ。あの本の中の主人公だ。図書館であいつが彼女にキスしたシーンにときめいたんだろう?一番のトキメキポイントなんだろう?」
エリックはなぜか不愉快そうに言った。
「ヴィルがさぁ、珍しく本を進めてきたんだ。『このページからのエピソード読んで。エリザベス王女の一番のトキメキポイントなんだって。キュンキュンしたらしいよ。』って言ってさ。」
「まぁ、本当に本を渡してくださったのですね、ヴィルノア殿下。」
「ああ、すぐ読んだよ。で、イラっとした。エリザベスがあんな優男にトキめいたのかって。」
エリザベスは思わぬ方向に話が進んで言って、キョトンとしてしまった。
「あのう、優男って・・・本の中の、架空の人物ですわ。」
「それでも嫌だったんだ。」
エリックは幼い子供の様に口をぎゅっと結び顔を背けた。
エリザベスは初めて見るエリックの様子に目を丸くした後、目を細め声を出して笑った。
「ふふっ、ふふふっ。」
くっと顔をエリザベスに向け、エリックは口をとがらせて言った。
「笑うな!」
「あらっ、ごめんなさい。ふふっ、エリックがかわいくって。」
「・・・ガキで済まない。俺も実は驚いたんだ。俺の中にこんなにも独占欲があるなんて、エリザベスと出会うまで知らなかったんだ。ヴィルのフェリシアに対するあの独占欲を笑えないよな。」
「ふふっ、ガキだなんて思っておりませんわ。あのう、そのう、すごく嬉しいです。それにあのシーン、とても好きなシーンだったので再現してくれて嬉しいですわ。あの主人公に、そのう、妬いてくださって、何ですが、妬く必要は全くありませんわ。だって、エリックとは一緒にいるだけでわたくしの心臓はものすごい速さになってしまいますもの。いつもエリックにときめいてしまっているのです。その上、頬にく、口付けなんて・・・心臓が壊れそうですわ・・・。」
エリザベスはやはり頬を赤らめ、愛たてを胸に当て上目遣いではにかみながら言った。
「~~~~!俺の婚約者がかわいいっ!。」
エリックは空いた手をぎゅっと握って力を込めて言った。
「今すぐ、抱きしめたいっ!」
エリザベスは口元に手を当て、慌てて言った。
「ここは図書室ですわ。」
エリックはふぅっと大きく息を吐き出すとエリザベスの耳元に顔を近づけ言った。
「二人っきりになる時までお預けだな。」
「!!」
頬を少し赤く染めたエリックはにかっと笑った。




