74. アシスト?
「ヴィルノア殿下、ちょっとお時間もらえますか?」
エリザベスは食堂から教室に戻るヴィルノアを呼び止めた。
「俺、先に行くね。」
バルトはそう言うとエリザベスにぺこりと一礼して足早に去っていった。
「あら、気を遣わせてしまいましたわ。」
「何か僕に御用ですか?」
「ええ、この本を殿下に読んで頂きたくて。」
エリザベスは若草色の表紙に白い花冠を青年が女性に送っている様子が描かれた本をヴィルノアに渡した。
「この本お読みになりましたか?」
「いいえ。読んでいません。」
「それではぜひ読んでください。」
「ええっと、何ででしょう?」
ヴィルノアは訝しげに眉をひそめた。エリザベスとヴィルノアは今まで一度たりとて本の貸し借りをしたことはなかった。それどころかヴィルノアはエリザベスとほとんど話をしたことはなかった。
「ふふ、そうですね。急に読めと言われても困惑されますよね。前にも言いましたが、わたくしフェリシアを大切な友人だと思っておりますの。」
「本を読むことと何の関係があるのです?」
「ええ、わたくしフェリシアが大好きですの。だから彼女の願いを叶えるお手伝いがしたいのです。」
「シアの願い?」
エリザベスは真剣な顔でこくりと頷き言った。
「ええ、フェリシアの望みです。殿下は先日、次のテストで一位を取ったらフェリシアからのご褒美が欲しいと強請っていましたでしょう。そしてフェリシアから了承を得ていました。ですから、殿下がそのご褒美をもらう際にフェリシアの願いを叶えて頂きたいのです。」
「ふっ、僕が何を強請るか分かるのですか?」
ヴィルノアは妖しく微笑んだ。
「ええ、エリック達に教えてもらいましたの。」
エリザベスは人差し指を自身の唇に当て、少し頬を赤らめた。
「兄上達はやっぱり気付いていたんですね。シアは何もわかっていないのに。」
「ふふっ、皆様、殿下とお付き合いが長いですものね。それでですね、フェリシアの願いを叶えて欲しいのです。わたくし、お慕いした方との結婚なんて自分が王族である限りありえないと思っておりましたの。恋心を抱いてもそれは胸の内にしまい込んでおかなければならないと。けれどフェリシアのおかげで諦めていたエリックとの縁が結ばれましたの。フェリシアはわたくしの恋心を救ってくれましたの。それは感謝しかないんです。わたくしはフェリシアのおかげで今幸せです。だからフェリシアにも幸せに、もっともっと幸せになって欲しいのです。それで思いついたのがこの本です。」
エリザベスはきりりと顔を引き締めると、少しばかり早口で本の解説を始めた。
「この小説はフェリシアのお気に入りなんです。というのも、女の子ならだれでも憧れるシチュエーション満載なんです。主人公カップルのロマンスが胸をキュンキュンさせるのです。例えば本の表紙のように主人公の青年が花冠を作って恋人である女性に渡すのです。そして彼は言うのです。花の国のお姫様だね、と。次に跪き、彼女の左手を取り薬指にキスをして花で作った指輪をはめるのです。そして、僕だけの姫になってくださいますか?、と問います。彼女は涙声ではいと答えると、青年は彼女を優しく抱きしめるのです。このような胸キュンポイントが沢山あるのです。それでですね、フェリシアの一番のお気に入りは256ページからのエピソードなんですの。二人は街歩きデートの最後に丘の上の教会に面した公園から夕陽を見ます。そしてどちらが何かを請うた訳でもなく自然に顔を近づけそっと口付けをするのです。青年は短い口づけの後言います。好きだよ、と。周りは夕焼け色に染まる中、二人の世界の住人となるのです。このシーンにフェリシアは胸のキュンキュンが止まらなかったそうです。更にフェリシアはこの本の彼女が少し背伸び、つま先立ちになって口付けるというのがいいと言うのです。憧れるよね、と。挿絵もございますので参照なさってくださいね。それからこの本のいい所はデートする場所が王都にそっくりな所です。ですから名場面の再現が可能なんですの!」
ここまで一息で言ったのではないかと思われるくらい、すらすらと早口で述べるエリザベスにヴィルノアは圧倒された。エリザベスは胸の前で両手を合わせてさらに続けた。
「フェリシアは誰よりも恋に憧れていたと思うのです。それこそ絵本の王子様とお姫様のようなシチュエーションもフェリシアの大好物ですが、このような恋愛小説の主人公達にも憧れていますのよ。あんなにキスに対して勘違いしていたにも関わらず、絵になるような口付けをしたいらしいのです。ですからこの本を殿下にはじっくりお読みいただいて、フェリシアに主人公のようなトキメキを感じさせてあげてくださいませ。」
ヴィルノアは本をぱらぱらと捲った。挿絵は女性が好みそうな美しいもので、仲睦まじい男女が描かれていた。
「さっそく読ませていただきます。因みに王女はどのシーンにときめいたのですか?」
エリザベスは瞳を輝かせて言った。
「わたくしは丘の上の口付けシーンも好きですが、その前の図書館での勉強シーンの方がときめきましたの。155ページからです。誰も見ていないときにそっと主人公の青年が彼女の頬に口づけをするのです。まだお付き合いを始めて少しの頃のこの出来事は、二人にとって素敵な思い出になったと思いますの。それに主人公が緊張しているのにそれを隠してさり気なく振れるか触れないかの口付けをするのです。素敵な青年ですわ。」
またまた早口で詳細に語るエリザベスはとてもこの小説が好きなのだと誰もが分かることだろう。
ヴィルノアは口元を緩めて言った。
「エリザベス王女はとても面白い方だったんですね。」
エリザベスは赤くなった頬に手を当てた。
「まぁ、わたくしったら・・・はしたなかったですね。」
「ははっ、とても良いと思いますよ。義姉になる方があなたのような方でよかった。」
「あ、義姉だなんて・・・。」
「エリック兄上のお嫁さんです。僕にとっては義姉ですよ。」
「・・・そう言ってもらえるの、嬉しいですわ。」
「僕もあなたが兄上の婚約者で嬉しいですよ。今後もよろしくお願いします。」
「こちらこそ、ですわ。」
「ああ、そうそう。僕がこの本を読み終わったら兄上にも貸していいですか?」
「はい、わたくしは何度も読んでおりますので構いませんわ。」
「ありがとうございます。合わせてしっかり伝えておきますね、エリザベス王女のトキメキポイントはここ、と。」
ヴィルノアは小さく笑って言った。
「胸がキュンキュンするんですよね?」
「まぁ・・・。」
エリザベスは真っ赤になった頬を両手で押さえた。




