71. フェリシア⑦ 自習しました
いつものランチタイム。
いつものようにフェリシアの横の席にヴィルノアは座った。
「シア?」
いつもなら元気よく話しかけてくるフェリシアが静かで、不審に思ったヴィルノアがフェリシアの顔を覗き込もうとすると、フェリシアからプイっと視線が合わないように顔を背けられた。ヴィルノアは背けた方に行き、目線を合わせようとすると、フェリシアはまたプイっと違う方に顔を向けた。
「どうしたの、シア?」
フェリシアは黙ったまま、俯いている。
その様子を黙ってみていたシルビアは片手をひらひら振って、もう一方の手に持った本を上に挙げた。
「・・・分かった。」
ヴィルノアはフェリシアの前に跪き、フェリシアの両手を自身の手で優しく包み込んだ。フェリシアは肩をぴくっとさせ少し顔を上げたが、視線があった途端、ぷいっと顔を背けた。
「シア、あの本読んだんだね?」
フェリシアは再び肩をびくっと揺らすと、こくりと頷いた。
「どうだった?」
「・・・それ、聞くの?」
フェリシアは消え入りそうな声で言った。
「うん、教えて。」
ヴィルノアは優しい声で聞いた。
フェリシアはしばらく目を泳がせた後、ヴィルノアを見て言った。
「は、恥ずかしかった。自分の勘違いもそうだけど、将来ノアと、その、あの、ああいうことするのかと思ったら・・・恥ずかしくって、ノアの顔、見れなくなったの・・・。」
フェリシアは耳も頬も首まで赤く染めた。
「僕とじゃ嫌?」
フェリシアは不安気なヴィルノアの顔を見て、はっとして、首を勢いよく横に振った。
「嫌じゃないよ!ただただ恥ずかしかったの。」
ヴィルノアは包み込んだフェリシアの手を自身の額に当てた。
「嬉しア、シア。」
「嬉しい、の?」
「うん、嬉しい。すごく、ね。嫌だとは思わなかったんでしょう?」
「・・・うん。」
「僕はね、シア。シアが大好きだから、シアの全てが欲しいんだ。欲張りでしょう。でね、僕の全てをシアの物にして欲しいんだよ。」
「ノアの全て?」
「そう、僕の全て。心も体もすべてね。今すぐにでも僕は全く構わないけど、シアは違うよね?だから僕は待つよ。シアの気持ちが僕のシアを想う気持ちと同じくらいになって、僕の全てが欲しいと望んでくれるまで。その時にはシアの全てを僕に頂戴ね。だから、今はシアに避けられることが悲しい。」
フェリシアはヴィルノアの寂しそうな声に、眉を下げて言った。
「ごめん、ノア。私、動揺し過ぎだね。ノアより二歳も年上なのに・・・だって、あんな、あんなこと恥ずかし過ぎて・・・それにね、神様が子供を下さるって思い違いをしていて、それってすごく子供っぽいよね。」
「ううん、神様が下さるっていうのは、あながち間違いでもないと思うよ。ほら、夫婦でも子ができないこともあるよね。それに子がいても男ばかりだったり、女ばかりだったりもするでしょう。あれって、神の采配だと思うんだ。だからシアの言う神様が下さるっていうの正しいと思うよ。」
「ありがとう、ノア。ごめんね、避けるようなことして・・・。」
ヴィルノアは首を横に振り言った。
「いいんだ。もう避けないよね?」
「うん。」
ヴィルノアは包んでいたフェリシアの手に唇を寄せた。
「待つけど、できるだけ早くその気になってね。」
「そ、その気って。」
フェリシアは再び頬に熱が集まってきているように感じた。
「うん、あの本にあることしたいなっていう、その気、ね。まずはシアの唇欲しいな。」
ヴィルノアはフェリシアの手の唇をつけたまま、上目遣いでフェリシアを見た。フェリシアは手を引き抜こうとしたが、ギュっとヴィルノアに掴まれていて動かせない。フェリシアは困惑して目を泳がせたが、ふとある一点が目についた。
「どうしたの、シア?」
「・・・ノアの耳、赤い・・・。」
「!!当たり前でしょう!好きな子にこんな内容の話してるんだよ。僕だって恥ずかしいんだ!」
「ノアも恥ずかしいの?」
「恥ずかしいよ。でもハッキリ言わないとシアには通じないでしょう?シアが欲しいから、頑張るしかないよね。」
「一緒なの?」
「一緒だよ。」
「ふふっ、私だけじゃないのね。一緒なのね。」
「僕を何だと思っているの?僕は年下な分、頑張らなければって思っているんだよ。必死なんだ。とにかく伝わるようにって。シアは鈍いでしょう?だからはっきり言うんだ。格好悪くてもねっ。」
ヴィルノアは拗ねた顔をし、口を尖らした。
「かわいい、ノア。うん。私鈍いらしいから、ちゃんと伝えてくれてありがとう。」
フェリシアはふんわり微笑んで、ヴィルノアの頭を撫でた。ヴィルノアは気持ちよさげに目を細めた。そしてフェリシアの両手に自身の手を合わせ、指を絡めた。
「シア、大好きだよ。」
「うん、知ってる。私もノアが好きよ。」
「嬉しい。早く一日も早くその気になってね。」
「・・・うん、善処します。」
ヴィルノアはフェリシアの額に自身の額をコツっとあてた。
「今はここまでね。」
「うん、そうしてね。」
二人はしばらく目を瞑り、額と手の平から伝わるお互いの体温を感じていた。
「何かまとまったみたいだな。ところでシルビア、その本は何の本だ?」
エリックはフェリシア達の成り行きを見た後、本が何だったのか気になった。シルビアはすっと本をエリックに差し出した。エリックは本を受け取ると、ぱらぱらとページを捲った。
「ああ、成程。ヴィルの願望か。」
シルビアはこくんと頷いた。
「シルビア・・・これってかなり露骨な表現だよな。イラストも、なぁ。よくこれをフェリシアに読ませたな。」
「ヴィルはイラストがあって分かり易いって、とてもいいって言ってた。」
「まぁ、これだけイラストがあれば、フェリシアでも理解するだろうな。」
ページをめくりながら、エリックはほんのり頬を赤らめた。
「何の本なんですの?」
エリザベスは横から本を除いた。
「うわぁぁぁ!」
「まぁ。」
エリックは慌てて本を閉じた。エリザベスは両手で赤く染まった両頬を押さえた。
「ははっ、赤いな。」
「・・・だって・・・エリックだって・・・。」
黙りこくってしまった二人にシルビアは言った。
「私の閨教育の時の教科書なんだ。読むか、貸すぞ。」
まるで何ともないっという風にシルビアは言い、エリザベスに本を差し出した。
エリザベスは首を勢いよく横に振った。
「大丈夫です。それにしてもイラストが直接的なのですね。わたくしが母国で閨教育を受けたとき、ただ口頭で流れを説明した後、細かいことは旦那様にお任せしなさいと言われましたの。だから、本を見てち ょっと驚いてしまって・・・。」
エリザベスは早口で言い切った。
エリックは目を見開いたあと、口元を押さえた。
「随分教師によって違うんだな。俺の時は百聞は一見に如かずとか言ってな、実践を見せられた。それを見ながら教師が解説するんだ。」
何を思い出したのかエリックは頬を赤く染めた。
「私はオスカーと一緒に受けた。オスカーが一緒に受けたいと言ってな。双方の両親も婚約しているのだからいいだろうと言ってな。その教科書を使ってさっと解説の後、実践を見せられた。」
シルビアが淡々と話す傍らで、オスカーがうんうんと頷いた。
「それもすごいな。」
「エリックと一緒になんて・・・無理ですわ!」
エリザベスは首まで赤く染め、両手で顔を覆った。
エリックはエリザベスの手を握り顔から離すと、耳元に顔を近づけ言った。
「いつか実践させてくれるか?」
エリックはエリザベスだけに聞こえるような小さな声で囁いた。
エリザベスが驚いてエリックの顔を見ると、エリックはにかっと笑った。
エリザベスは小さく頷くと、エリックの耳元に顔を近づけ言った。
「エリックにお任せで。」
エリックはぱっとエリザベスから離れ、自身の真っ赤に染まった耳を両手で抑えたのだった。




