70. フェリシア⑥ 涙は心が大きく動くと出るのです
「今日のデザート、プリンだったよ。人気みたいで最後の一つだったよ。」
遅れてやってきたヴィルノアはフェリシアの隣に腰かけながら言った。
「えっ、プリンなんてあった?苺しか見てなかったよ。」
フェリシアはガラスの器に入った小ぶりの苺をヴィルノアに見せた。
ヴィルノアのいつも通りの態度に、フェリシアは昨日からの動揺を見せないように、いつも通りいつも通り、と心の中で唱えていた。
「小さいけど赤くて美味しそうでしょう。」
「本当だね。美味しそう。」
「でしょう。はいっ、お一つどうぞ。」
フェリシアは苺を一つ摘まみ上げ、ヴィルノアの口元に差し出した。ヴィルノアはパクンと一口で食べた。
「あっ、酸っぱいなっ。」
「えっ、嘘でしょう。こんなに赤いのに。」
フェリシアも一つ苺を口に入れた。
「うーん、酸っぱいね。」
フェリシアは顔を顰めた。
「はいっ、口直し。」
ヴィルノアはプリンをスプーンで掬って、フェリシアに差し出した。
「ありがとう。」
フェリシアは嬉しそうにプリンを口にした。プリンは酸っぱいものを食べた後だからか、いつも以上に甘く感じた。フェリシアは頬に手を当て目を細めた。
「うんっ、甘~い。美味しい~。」
「ははっ、本当に美味しそうに食べるね。いい顔してるよ。シア、大好き。」
ヴィルノアも嬉しそうに微笑んだ。フェリシアもにっこり微笑んでヴィルノアを見て言った。
「私も好きよ、ノア。」
ヴィルノアの動きが止まった。
そして周りの空気がぴんと張り、食堂内の時間が止まったかのようだ。
フェリシアはヴィルノアへの想いを自覚し、みんなに早く伝えてやれと言われ、素直に伝えただけで、 そう丁度いいと思って言葉にしただけのつもりだった。更っと伝えたはずだった。それなのに、食堂中の視線が自分に集まっているのだ。しかも誰もがえっと驚いた顔でだ。
「嘘、みんな聞いてたの・・・?」
顔に熱が集まってきて耳や首まで赤くなったフェリシアは両手で顔を覆って俯いた。
トンっと方に重みを感じフェリシアが顔を上げると、ヴィルノアがフェリシアの両肩を掴み真顔でフェリシアを見つめていた。
「ねぇ、もう一回言って。」
ヴィルノアはぎゅっとフェリシアの肩を掴む手に力を込め、震える声で言った。
「ねぇ、シア、お願い。」
フェリシアはじっとヴィルノアを見つめていたが、ふぅっと小さく息を吐き出すとヴィルノアの頬に手を当て言った。
「私も好きよ、ノア。」
「もう一回・・・言ってくれない?」
「好きよ、ノア。」
自分の気持ちを口にした恥ずかしさから頬も耳も首も手先ですら熱を感じ、フェリシアは顔を下に向けようとした。その時、指先に温かいものが当たっていることに気付いた。何だろうとフェリシアがヴィルノアの顔を見ると、一筋の涙がヴィルノアの瞳からあふれていた。
「えっ、どうしたの、ノア?」
ヴィルノアはぎゅっとフェリシアを抱き締め、フェリシアの肩に顔をうずめた。
「・・・シア、好き。大好き。」
ヴィルノアはフェリシアの耳元でささやいた。
フェリシアはヴィルノアの背を優しくとんっとんっと叩いた。
「ん、私もノアが好きよ。」
「・・・好き。」
「ん、私も好きよ。」
ヴィルノアのフェリシアを抱き締める腕の力が強くなった。
「キスしていい?」
「だめよ。結婚していないもの。」
「・・・。」
ヴィルノアはフェリシアの後ろで二人を見ているシルビアを見て言った。
「シルビア、あれをお願い。」
シルビアはこくんと頷いた。
「思ったより早くて良かったな。」
「うん、ありがとう、シルビア。」
フェリシアはヴィルノアの腕の中でもぞもぞ動きヴィルノアを見た。
「ねぇ、あれって何?」
「んん~、僕の、いや僕たちのこれからにとって大事なことかな。ねっ、シルビア。」
「そうだろうな。」
二人はうんうんと頷き合った。
「だから、あれって何?」
フェリシアは首を傾げた。
「すぐ分かるよ。少しだけ待っていて。」
ヴィルノアは優しくフェリシアに微笑みかけた。
「そうだな。」
シルビアもニヤッと笑った。
「・・・何だか分からないけど、ちゃんと教えてくれるのよね?」
「ああ、今教えたくても手元にない。」
シルビアは両手をひらひら振り、言った。
「明日には渡すよ。」
「分かった。明日ね。」
フェリシアは渋々納得した。
そしてフェリシアはフェリシアを抱き締め続けるヴィルノアの腕をポンポンと叩いた。
「そろそろ離して、ノア。」
「嫌だ。」
ヴィルノアはぎゅっとフェリシアを抱く腕に力を込めた。
「授業始まっちゃうよ。」
「・・・。」
「仕方ないなぁ。ヴィル、フェリシアは無遅刻無違反な優等生だ。このままだとフェリシアは遅刻するぞ。いいのか?それにお前も遅刻だ。」
エリックはため息をつきながら諫めるように言った。
「気持ちは分かるが一旦授業に行け。続きは放課後にしろ。」
「授業に出てもいいよね、ノア。」
「・・・分かった。終わったら迎えに行くから教室に居て。」
「うん。」
もう一度ぎゅっとフェリシアを抱き締めてから、ヴィルノアは腕を解いた。
「気持ちは分かるが、ほどほどにな、ヴィル。」
「・・・うん。分かっているよ、兄上。でも話すとこれが現実じゃなくて夢で、覚めたらなかったことになりそうで怖かったんだ。だってシアなんだよ。」
「そうだよな、フェリシアだからな。でも今回は大丈夫だ。」
「何なのよ二人して!!」
フェリシアは頬をぷくっと膨らませた。
「ははっ、シアかわいい。大好き。」
ヴィルノアは満面の笑みを浮かべフェリシアの頬をつついた。
「うん、知ってる。今日だけじゃなくって、明日も明後日もノアが好きだから、安心してね。」
フェリシアも頬を薄っすら赤く染め満面の笑みで言った。
ヴィルノアはぐっと胸を押さえた。そしてなぜ今授業なんかの為にフェリシアと離れなければならないのかと行き場のない憤りを抱えながらヴィルノアは教室に戻って行った。
ヴィルノアの想いが通じたことは、その日のうちに全校生徒の知るところとなった。




