67. フェリシア③ 分かり易い見本
「どうしたの、ノア?」
ヴィルノアはフェリシアの肩に頭を乗せ、ぎゅぅっと抱きしめた。
「・・・兄上と何していたの?」
「兄上?ああ、エリックのことかな?・・・見ていたの?」
フェリシアはエリックと話したことをヴィルノアに話すべきか迷い、口をつぐんだ。
「・・・言えないことしてたの?」
いつものヴィルノアからは考えられないほど低い声で言い、冷たい空気が流れているかのようだった。 フェリシアからはヴィルノアがフェリシアの肩に頭を乗せているため表情が見えないが、ヴィルノアは明らかに不機嫌そうだった。
「言えないこと?」
フェリシアは首を傾げた。
「例えばキスとか・・・?」
フェリシアはグイっとビルノアの胸を押し離れると、不安そうにフェリシアを見るヴィルノアの頬を両手でパシッと挟んだ。
「なんでそんなこと言うの?」
「怒っているの?」
フェリシアは首を横に振った。
ヴィルノアはフェリシアの手に自身の手を重ね言った。。
「兄上とキスしていたの?」
ヴィルノアは目をつむり頬を摺り寄せた。
「校舎の二階の窓から二人が見えた。キスしているように見えたんだ。」
「そう。それで走ってきたの?」
「うん。ねぇ、シア。シアは僕の婚約者だよね。兄上の方がやっぱりよかったって思っていないよね?僕のシアだよね?」
「・・・ふふっ、ふふふふっ。」
フェリシアは手を口元に当て、笑い出した。
「何で?何で笑うの?」
ヴィルノアは困惑しきった顔でフェリシアを見た。
「ごめん。ごめんなさい。ノアのことを笑ったんじゃないの。さっきまでのエリックとの会話を思い出したんだ。」
「兄上?やっぱり兄上がいいってこと?」
「違う!違うのっ!」
フェリシアは手を左右にぶんぶんと振り説明を始めた。
昼間にヴィルノアがかわいい子に告白されているのを見て、その子の方がヴィルノアに似合うと思ったこと、それと同時にモヤモヤと分からない感情が沸き上がったこと、モヤモヤが何か分からないことを悩んでいたらエリックが話しかけてきたこと、エリックに相談しモヤモヤが何か教えてもらったが理解できなかったこと、エリックが分かるように協力してくれると言ったことを話した。
「兄上とキスしてたんじゃないの?」
「多分耳元で話していたのがそう見えたのかな。そもそもエリックとは結婚してないからキスはしないよ。エリックは私の大事な友達。それにエリックはエリザベス一筋だよ。知っているでしょう?」
フェリシアはくすくす笑った。
「良かった。やっぱり兄上の方がいいのかと思ったんだ。シアがキスするわけないの分かっていたんだけど、かぁって頭に血が上っちゃって・・・ごめん。シアのこと信じてるのに、聞かずにはいられなくなっちゃったんだ。ごめんね、シア。子供っぽいよね。がっかりだよね。」
ヴィルノアはしゅんと肩を落とし俯いた。
フェリシアはヴィルノアの頭をそっと撫でた。
「ごめんね、不安にさせたよね。でも、嬉しかった。やきもち妬いてくれたんだよね?」
ヴィルノアはこくんと頷いた。
「兄上とシアは出会った最初から仲が良かったから、シアが僕の婚約者って分かっていても、もしかしてって思ったんだ。」
「そう。エリックとは気の合う友達だよ、昔も今も、ね。」
「うん、分かってはいるんだ。頭ではきっちり理解してても、心が追い付かなかった。」
ヴィルノアはフェリシアを優しく抱きしめた。
「兄上のことは好きだけど、シアと一緒に居てほしくないって思うんだ。シアには僕の隣で僕だけを見ていてほしいって。子供っぽいよね。」
ヴィルノアは眉を下げて、ははっと苦笑いを浮かべた。
「あと、昼休みのはきっぱり断っているからね。僕はシアがいればいい。シアしかいらない。」
投げたボールを拾ってきて、褒めてと期待に満ちた目で見てくる子犬のようにヴィルノアがフェリシアには見えてきた。
フェリシアはヴィルノアの頭をゆっくり撫でた。
ヴィルノアは気持ち良さげに目を細めたが、ふっと頭を振り、フェリシアの手を握りしめた。
「呼び出したかわいい子の方が僕に似合うってどういうこと?説明してくれるよね?」
ヴィルノアの口調は穏やかで口元は一見笑っているかのように見えたが、目が笑っていなかった。
「えぇっと、私ってノアより年上でしょう。それに元々はエリックの婚約者だったし、お下がりみたいで嫌かなって。昼間の子、ノアと同じ年だよね。かわいくてお似合いだなって思って・・・。」
「何それ。シアが年上だろうと何だろうと僕はシアがいい。シアは誰よりもかわいいよ。僕はまだ背もそんなに高くなくて、顔も幼くて、子供っぽい独占欲でいっぱいで・・・僕の方こそシアに釣り合う大人な男になりたくて必死なんだ。」
ヴィルノアはフェリシアの手をぎゅっと握った。
「ねぇ、僕は初めて出会った時からシアが好きなんだ。シアだけが好きなんだ。だからシアが婚約者になってどんなに嬉しいことか分かる?」
ヴィルノアはフェリシアの手を持ち上げると、その功にチュッとリップ音を鳴らしてキスをした。
「一人の男として僕を見て。まだシアから見たら子供っぽく見えるだろうけど、絶対いい男になるから。僕を見て。僕だけを見て、シア。好きです、シア。」
真っ直ぐフェリシアを見つめるヴィルノアの目は、テオドールやエリックと同じ色なのにとても澄んでいて一番きれいだとフェリシアは思った。
「うん、知ってる。」
風が静かにフェリシアの髪を揺らした。




