64. ヴィルノアという人⑥
廊下を歩いていたらシアが降ってきた。
慌ててシアを抱きとめた。少しでも体が動かなかったらシアが大けがをしていたかと思うと、咄嗟に反応できた自分を褒めてやりたい。
それにあの場をたまたまとはいえ通っていたのが僕で良かった。神様って信じていないけど、あの時ばかりは神様ありがとうって思った。いつでも僕がシアを守るナイトでありたいからね。助けるためとはいえ他の男の腕の中にシアがいるなんて、想像するのも嫌だ。
あの時シアは震えていた。初めてだった。恐怖で震えるシアを見たのは。
シアは周囲に気を使える人だ。周囲の人が自分を心配しないようにと、笑って大丈夫と言える人だ。それは彼女の優しさだけど、僕はもっと頼って欲しいんだ。弱い所もバシバシ見せてほしいし、僕に支えさせてほしい。
けど彼女は言ってくれないんだ。
嫌がらせの手紙のことも、不埒な誘いをかける男たちのことも、いわれのない中傷を言う女たちのことも、シアに悪意ある妙な噂のことも、実害が出そうになるまで何も言ってくれなかった。今言った、じゃないよ!!もっと早く言って。
僕はそんなに頼りないかな。いつまで経っても僕とシアの間には2歳の年の差があって、僕はいつまでも年下だ。テオドール兄上やジルベール殿みたいだったら、シアは頼ってくれたかな。そう二人にはいつも抱きついて頬にキスをし合っててベタベタに甘えてるよね。僕には甘えてこないのに。まだシアにとって僕は弟なのかな。
あのおかえりなさいの挨拶を止めてほしいって言った時も、僕が拗ねたからシアはやめたんだよね、きっと。拗ねるってガキ扱いだよね。どうすればガキ扱いされずに、あの挨拶を止めさせられたんだ?兄上達とは言え他の男の腕の中にシアがいるなんて嫌だ。キスなんてもっと嫌だ。シアを腕の中に閉じ込めるのも、キスするのも、婚約者になった僕の、僕だけの権利だ。僕があの挨拶を止めさせた時、シアは不服そうだったな。シアは僕が他の女の子を抱き締めたり、頬にキスしても何とも思わないのかな?シアはテオドール兄上を兄様のような人だから抱き締めたりキスしてもいいって言うよね。それなら僕はシルビアを姉のようだって思っているから僕がシルビアを抱き締めたり、頬にキスしてもいいってシアは言うのかな。オスカーに殺されそうだし、僕はシア以外に抱きしめるのもキスもしたくないからしないけど、シアの理屈的にはそういうことだよね。もしそういうことをしてもシアがやきもちを妬いてくれなかったら、それはそれでへこみそうだ。うん、へこむ未来しか見えない。中々気持ちの差は埋まらないね。
僕だって頑張っていると思うんだ。
いつもシアには好きって大好きって伝え続けてるけど、いつも言っているから、ああ、はいはいって感じでシアは返してくれて特別感というか本気の言葉っていうのが伝わっていない気がする。だから裏庭に呼び出して告白してみた。シアもされてみたいって前に言ってたし、ちょうどいいと思ったんだ。ジンクスなんていつもは信じてはいないけど、シアとのことならジンクスにも縋りたくもなるよね。せっかく訪れた幸運なんだから焦らずのんびりシアに振り向いてもらえばいいんだけど、どうしても欲が出るよ。早く、早くって。うーん、これだからガキ扱いなんだ。
シアにはいつも笑っていてほしい。それを脅かす者は排除する。それは僕の不文律。それだけど、階段から落ちたシアに上着を掛け抱き上げたとき、シアが真っ赤になって僕にすり寄ってくれたんだ。その理由が上着に残る僕の体温と匂いから抱き締められてるみたいで恥ずかしくなったって・・・不謹慎だけど嬉しくなってしまった。あの裏庭での告白の際に抱きしめたらドキドキするって言われた時みたいに、気持ちが浮かれてしまった。だっていつもは僕がドキドキしていてもシアはやっぱり、ああ、はいはいって感じで男女のトキメキとは全く違うとこで流してしまっていたんだ。それがドキドキするとか恥ずかしいって顔を赤らめるって・・・それって一人の男として感じてくれたってことだよね。少しずつだけどシアの心が変化しているんだよね。己惚れていいよね。
ああ、早く大人になりたい。
僕はまだ14歳で背も兄上達ほど高くない。顔つきも幼い。シアのこととなると心が極端に狭いし、直ぐ拗ねる。シアを婚約者にできるって分かってからは尚更だ。せめて見た目だけでも大人びてくればいいのに。そうすればシアの弟扱いは減るだろう。お姉さん顔のシアも好きだけどね。
どうすれば僕だけを見てくれるようになるのかな。
シアに関しては正解がないんだ。
誰か教えてくれないかな。どうすれば僕に恋してくれるのか、僕を好きって言ってくれるのか、僕だけを見てくれるのか・・・。
うん、分からないから今日も好きってシアに言おう。僕にできる努力はこれだよね。そうだ明日も明後日も好きって、昨日より今日より好きって言おう。僕の気持ちが本気が伝わるまでずっと言おう。いや、伝わってもずっと言おう。好きだよ、シア。




