56. カミラ② 呼び出し
「ヴィルノア殿下のお心をこれ以上もてあそぶのはお止めくださいませ、フェリシア様!」
目にいっぱいの涙をため、少し釣り目で緩く巻かれた茶色い髪の公爵令嬢エミリアが言った。溜めた涙は零れそうで零れないという器用さを持ち合わせたご令嬢だった。
彼女の右隣には淡いミルクティのような髪色の伯爵令嬢ソニアが、左後ろには黒髪を肩で切り揃え長めの前髪の子爵令嬢カミラが立っていた。二人は無言で事の成り行きを見守っていた。
フェリシアはシルビアと共にヴィルノアと同じクラスだと言う三人と裏庭にいた。
例の手紙をフェリシアに寄こしたのはそのうちの一人エミリアで、残りの二人は付き添いのようだ。
エミリアは胸の前で両手を握り合わせて言った。
「フェリシア様にはエリック第二王子殿下という素晴らしい婚約者がおりますよね?それなのにヴィルノア殿下まで誑かしていらっしゃると聞きました。殿下に婚約者様がいらっしゃらないとはいえ、不誠実ですわ。殿下が不憫です。ヴィルノア殿下とエリック殿下は仲が大変よろしいのに、フェリシア様の行為はそれを壊すものですわ!」
まるで演劇のヒロインかのように滔々と話し続けるエミリアにフェリシアは思わず感心してしまった。それと同時にエミリアからは悪意が感じられず、ただただヴィルノアを心配して物申しているとフェリシアは思った。そう思うと自然に口角が上がり、フェリシアはふんわりと微笑んだ。
「エミリア様、ありがとうございます。ノア・・・ヴィルノア殿下を心配してくれて。私はエミリア様がご心配されているような、殿下を誑かすなんてことしてません。ご安心ください。」
フェリシアはできるだけ穏やかな口調で言った。
エミリアは胸の前で両手を組んだまま勢いよく首を横に振った。
「いいえ!ヴィルノア殿下がお優しいのをいいことにフェリシア様が所かまわず迫っていると聞きました。実際わたくしも食堂でフェリシア様が殿下の頬に口付けをしているところを見ましたもの。それにあーんとしているところも見ました。あれはまさに殿下を誑かしているところでしたわ。しかもエリック殿下の目の前でしたわ。噂は本当だと思いましたの。王子お二人を側にはべらして楽しんでいらっしゃるのですよね?」
フェリシアは苦笑いを浮かべてそっとシルビアに耳打ちした。
「私すごい悪女っぽくない?」
「あぁ、そのようだな。」
シルビアはこくんと頷いた。
フェリシアはふぅっと小さく息を吐き、微笑みを浮かべた。
「エミリア様はお優しいのですね。確かにノア・・・ヴィルノア殿下にキスしましたけど頬にキスは家族へのキスですよ。実際お兄様にもキスしますし、エリックも何も言ってなかったでしょう?あーんも小さくて食の細かった殿下に昔からしていたことですよ。差し出すと反射的に食べるんですよ、殿下って。」
エミリアは少し驚いたように目を見開いていた。
フェリシアは微笑みを深め言った。
「私にとってもノア・・・ヴィルノア殿下は大事な人なんです。多分エミリア様以上に大事に思っています。殿下の幸せを願うことはあっても、殿下が悲しむことは望みません。」
エミリアは目を細め、まだ疑わし気にフェリシアを見た。
「フェリシア様が殿下に他の方からの交際や婚約の申し入れを断るように強要しているとも聞きました。違いますの?」
「うわぁ、噂の私って悪い女なんだねぇ。」
フェリシアはなんだか楽しくなってきたらしく、他人事のように言った。
「そうだな。」
シルビアはこくんと頷いた。
「エリック殿下という素晴らしい方をキープしておいて、ヴィルノア殿下までフェリシア様のお傍に縛り付けようとするなんて・・・殿下のお気持ちをもてあそんで酷い方ですわ、フェリシア様。」
エミリア劇場は続いていた。
「私はノア・・・ヴィルノア殿下にそんなこと言ったことないですよ。むしろ、ちょっとでも気になる子がいたら付き合ってみたらって勧めたこともありますよ。もしかしたら恋に発展するかもしれないからって。でも好きな子いるから無理って断られたんです。」
まぁ、好きな子が私って知らなかったから言えたんだよねぇと、わぁーと叫んで走り出したい気持ちを押さえながらフェリシアは言った。
「殿下には好きな子と幸せな将来を掴んで欲しいんです。私もその為に努力中なんです。」
好きな子って私のことで、私がノアに恋すればノアの望む幸せな将来がやってくるんだよね、って、やっぱりうわわぁぁーと叫び出したいフェリシアはふぅと小さく息を吐いて心を整えた。
「まぁ、そうだったのですか・・・。」
フェリシアの真摯な言葉にエミリアは少し動揺しているようだ。
「ヴィルノア殿下の自由を奪ってはおりませんの?」
「ノア・・・ヴィルノア殿下はいつでも自分の意志で動いてますよ。殿下は人から何か言われて行動を制限されるのを嫌うタイプのマイペースな子ですよ。」
そう、特に最近は私の方が振り回されている気がするもんね、とフェリシアは心の中で呟いた。
「女の武器を駆使してはおりませんか?フェリシア様はその・・・小柄ながら魅惑的な体をされておりますでしょう。特にお胸が・・・。」
「魅惑的な体?体が女の武器になります?私、体術できませんよ。」
フェリシアは首を傾げる。
シルビアはふぅっとため息をついてから言った。
「フェリシアは恋人とキスすることで、神様が子供をくれると信じているような奴だ。体云々はフェリシアに限って決してない。」
エミリアは目を見開き口をあんぐりと開けた。無言で立っていたソニアも驚きが隠せないようで口を呆けたように開けていた。カミラは無表情のまま無言で立っていた。
「・・・フェリシア様は王子妃になられるお方。閨教育もありますよね?」
エミリアは恐る恐る尋ねた。
「えぇ、ありましたよ。でも神様が子を授けてくれるとお話ししましたら5分もしないで終わりましたの。あんなに短い授業はありませんでした。」
フェリシアはにっこり微笑んだ。エミリアは助けを求めるようにシルビアを見た。
「閨教育担当がさじを投げたらしい。エリックに結婚してから実戦でエリックが教えてやってほしいと泣きついた。だからこの通りだ。」
シルビアはさらっと説明をした。
エミリアは目を大きく見開いた後、顎に手を当て視線を地面に落とした。そしてくっと顔を上げエミリアはフェリシアをまっすぐ見た。
「わたくし大変な勘違いをしていたようです。」




