52. シルビアの教科書
「これ。」
シルビアはヴィルノアに一冊の本を渡した。表紙にも背表紙にもタイトルは書かれておらず、表紙にデフォルトされた男女の寄り添う姿が箔押しされていた。厚さは大衆小説の半分ほどだった。
ヴィルノアはその本を受け取ると、ぱらぱらと捲り中を見た。
「イラストが多く、分かり易いと当時の家庭教師が言っていた。」
「いくつの時?」
「12歳。」
「・・・そう。感想を聞いてもいい?」
「聞くか?」
「・・・ごめん。」
「まぁいい。正直、大人というか結婚するって面倒だなって思った。それに、この授業をオスカーと一緒に受けたから、恥ずかしくてな。」
「オスカーと一緒に!?」
「ああ、オスカーがどうしても一緒に受けたいと言ってな。双方の両親が婚約してるしいいかっとなって・・・解説付きの実践見学まであって、さすがにオスカーも顔を真っ赤にしてたな。」
その時の様子を思い出したのか、シルビアはかすかに笑った。
「うーん、それはなかなかない経験だよね。」
「そうだな。一人でも恥ずかしいのに、将来の相手となる男と受けたんだものな。」
「ははっ、ご両親もやるね。面倒か。シルビアらしいね。」
「ああ。でもオスカーとならいいかとも思った。」
シルビアはほんのり頬を赤く染めた。
「シルビアとオスカーは相思相愛だもんね。羨ましいぐらいにさ。」
「・・・そうだな。」
「シルビアって素直だよね。僕もシアと早くそういう関係になりたいよ。」
「まあ、時間の問題じゃないか。婚約できたんだろう?」
「本当、奇跡だよね。ああ、このことはまだ内密にしててね。緘口令が引かれているからね。シア達と相談して、いつも学園で一緒に過ごしている友達にだけ、このことを伝えられるように許可してもらったんだ。隠したままだと何かと不都合だろうからね。」
「ああ、言わない。」
「それにしても兄上達には感謝だよ。絶対にありえないって思っていたことが起きたんだ。」
「よかったな。」
「うん。あとは僕がシアを捕まえるだけだよ。頑張って、脱弟をして、一人の男として見てもらって、僕に恋してもらうだけだよ。脱弟が一番難しそうだけどね。」
「ははっ、ヴィルが思うほど難しくないと思うぞ。」
「そうかなぁ?シアはいつも僕のこと年下の子ども扱いだよ。」
ヴィルノアはため息をついた。
「大丈夫だ。ちゃんとフェリシアだって分かっているよ。ただ鈍いだけだから、気長に待ってやれ。」
「ありがとう、シルビア。頑張るよ。」
「ああ、頑張れ。そう、その本、フェリシアに渡すか?」
「んー、まだいいや。いずれシアに渡して読んで欲しいけど、まずは僕が読むよ。」
「ヴィルにも閨教育はあったろう?その時のテキストではダメなのか?」
シルビアは首を傾げた。
ヴィルノアは口元を押さえ、眉間にしわを寄せた。
「あるにはあったけど、男目線の本って感じだったんだよね。実践も解説付きで見せてくれたから、本の内容は理解できたよ。だけどイラストや言葉が生々しくて、シアに見せたくないなって思ったんだ。シアが何もしないうちから、嫌悪感抱いたら嫌だなって思ったんだ。女の子向けなら多少ソフトな表現で、イラストもきれいかなって。」
ヴィルノアの耳が赤く染まった。シルビアは優しく微笑んだ。
「その本のイラストはきれいだと思うよ。」
「そうだね。僕のよりいいよ。」
「だったら、フェリシアに渡しておくか?」
「先に僕が読むよ。」
「ヴィルはフェリシアのこととなると過保護になるな。」
「否定しないよ。でもシルビアもだろう?」
「そうだな。」
「それにさ、まだシアと思いの通じ合った恋人にはなっていないんだ。外堀が埋まっただけだよ。シアの気持ちがきちんと僕に向いたら・・・ね、我慢したくないんだ。シアの勘違いで恋人なら可能なはずのスキンシップができないなんて、拷問だよね。できるとこまでしたいよね、できるとこまでさ。」
「正直だな。」
「うん。せいぜい頬や額、手の甲にキスできるくらいでそれ以上は全部一生ダメだと思っていたからね。隣に当然居ていいし、口付けしてもいいんだ。もちろんその先だっていいんだよ。すごいことだよね?」
「そうだな。まあ、浮かれるのも分かる。でもフェリシアの気持ちを大切にしてやってくれ。フェリシアのことだゆっくり事を進めた方がいいんじゃないか?いずれ全てがヴィルのものになるのだから、焦る必要はないだろう?それこそ結婚してからだっていいだろう?」
「僕はもうすぐ15歳になる。王族の結婚は18歳で学園を卒業して一年後くらいが普通だ。となるとあと4年もキス一つできないなんて、シアを手に入れたのに我慢できないよ!」
「正直すぎないか?私は一応淑女だと思うぞ。淑女に男の欲情について赤裸々に語るか?まあ、気持ちは分からなくもないがな。」
「だろう。」
ヴィルノアは本を握る手に自然と力が入った。
「結婚する前だってキスくらいいいよね。このままだとシアは頑なに唇へのキスは神聖なものって言って、結婚式までお預けにされちゃうよ。」
シルビアは苦笑いを浮かべつつ言った。
「早く甘い口付けができるといいな。」
「うん、まずはシアの気持ちを掴まないとね。」
「そう遠い未来じゃないと思うよ。」
「相手はシアだけどね、そう願っているよ。」
ふぅっと大きくため息をつくヴィルノアにシルビアは優しいまなざしを向けた。
シルビアの本は恋人とのスキンシップから始まり、子作りとしての閨、娯楽としての閨、それに伴う避妊方法、妊娠時の閨、産後の閨までが豊富なイラストとともに書かれてあった。
ヴィルノアはシルビアとオスカーがどこまで実践したのか聞いてみたくなったが、さすがに女性には聞けないと思いとどまったのだった。
「




