40. 最適解① 浮気ですか?
「はぁ・・・。」
放課後、裏庭のベンチに一人腰掛け、フェリシアは大きくため息をつき、木々の隙間から見える空を眺めた。放課後の裏庭は人がほぼ訪れることがなく、とても静かな場所だ。
「どうしたらいいかなぁ。」
フェリシアの呟いた言葉はスゥっと空に吸い込まれて消えていった。
毎日エリックとは学園で顔を見合わせるようになり、婚約者であるし何より気の合う友人なので一緒にいることも多い。たぶん誰よりも傍に居るのではないかと思う。また、視界にも意識せずとも入ってくる。近年は彼を好きになろうとしていることもあり尚更だ。
だからこそ、鈍いと言われるフェリシアは気付いたのだ。彼の視線が誰を追っているのか。そしてその際、婚約して6年になるが、見たこともないような優しい顔をしているのだ。
「つまりそういうことだよね。」
「どういうことだ?」
「ひゃぁっ!」
完全に一人だと思っていたフェリシアは驚きのあまり奇声を上げた。
「なんだ?どうした?」
声を掛けたエリックはびくついて、体を後ろに反らした。
「なんだエリックかぁ。誰もいないと思ってたから、急に声かけられてびっくりしただけ。」
「こんなところで何してるんだ?」
「えぇっと、ちょっと考えたいことがあったっていうか、頭の中を整理したいっていうか・・・。」
フェリシアは考え事の内容を思うと歯切れが悪くなってしまった。
「悩み事でもあるのか?」
心配そうにエリックはフェリシアの顔を覗き込んだ。
「えぇっと、えぇっと、悩み事っていうか・・・。」
エリックのことを考えていたのだが、直ぐにはっきりと答えられず、ごにょごにょとフェリシアは言いながら、俯いた。
「隣座っていいか?」
「あぁ、はいっ、どうぞ。」
フェリシアは焦ったように少し横に動き、両手で隣を指した。
「どうぞって・・・何だ、それ。」
エリックは腰を掛けて、くすくすと笑った。
「で、どうしたんだ。独りで考え事なんて。」
真剣な顔でエリックは尋ねた。
「私だって考え事したい時くらいあるよ。」
フェリシアは気まずさからふいっと顔を逸らした。
「知っていると思うけどお前のことは大事な友達だと思っているんだ。何か悩んでいるなら力になりたいんだ。俺には話せない事か?」
「私も大事な友達だと思っているよ。」
「頼りにならないか?」
「うううん、そんなことない。話すのに勇気がいるだけ。」
フェリシアは目をつむり、ふぅっと小さく息を吐いた。そして目を開けフェリシアは真っ直ぐエリックの目を見た。
「エリックってエリザベスのこと好きよね?友達としてじゃなく、一人の女の子として好きよね?」
エリックは目を見開いて、くぅっと息を飲んだ。
フェリシアは両手を膝の上でぎゅっと握り、黙ってエリックを見つめたまま、エリックの言葉を待った。
エリックは口元を押さえ、フェリシアから目を逸らすとみるみる間に頬や耳を真っ赤に染めた。そしてはぁと大きく息を吐くと、エリックは逸らした顔を戻し再びフェリシアに向き合った。
「そ、そう、見えるか?」
「うん、見える。」
フェリシアは目を逸らすことなくきっぱり言い切った。
「そうか、そう見えるか。そうか・・・。」
エリックは同じ言葉を繰り返し呟いた。
「違う?」
ふぅっと大きく息を吐きエリックは言った。
「そうなんだと思う。俺はエリザベスが好きなんだと思う。思うじゃないよな、彼女を一人の女性として好きだ。」
頬や耳だけではなく首まで赤く染めたエリックはしっかりフェリシアの目を見て言った。
フェリシアはそんなエリックをかわいいと思った。
「ふふっ、エリック真っ赤よ。」
「あぁ、仕方ないだろう。俺が何かできるものじゃないっ。」
「なんか、かわいい。」
「か、かわいいって、お前なぁ。」
プイっとエリックは顔を逸らした。二人の間を静かに風が通り抜け、少しの間沈黙が訪れた。
「なぁ。」
「ねぇ。」
ほぼ同時に二人は口を開いた。そして顔を見合わせどちらともなく笑いだした。
「はははははぁ。」
「あははははぁ。」
二人の声は静かな裏庭に響き渡った。
「それにしてもフェリシアに指摘されるとは思わなかったよ。お前そういうこと興味はあっても鈍いだろう?」
エリックはからかうように言った。
「うっ・・・否定できないかも。」
「そんなに分かり易かったか?」
フェリシアは首を横に振った。
「私がエリックの傍に居たから分かっただけ。だってエリザベスのこと結構目で追ってるし、その顔がとても優しい顔してるんだもん。もしかしてそうかなぁって思ったんだ。」
「ははっ、無意識のうちに目で追っちゃってるんだよな。優しい顔ってのは分からないな。」
「いつから意識したの?」
「うーん、たぶん学園祭くらいかな。なんかあいつって、しっかり者と見せかけといて、直ぐ慌てるし不器用だし・・・何か目が離せない奴だなって思ったんだ。それから気になるようになって、気が付いたら好きになってた。気が付いたらってのもさ、情けないことにさっきフェリシアに指摘されてはっきり自覚したんだ。婚約者以外を好きになるなんていけないって思ってたから、このことから目を逸らすようにしていたんだよな。」
エリックは俯いて、はぁっと息を吐いた。
「ごめんな。フェリシアがいるのに、他の子を好きになって。フェリシアが俺を好きになろうって努力してくれてるのに、裏切るようなことして、さ。」
「いいの!謝らないで。私こそごめんね。好きな子いるのに、私と好きの言い合いっこなんてさせて。辛かったよね。それに私エリックのこと大事な友達だと思ってるの。だから全力でエリックの恋を応援したいんだけど、できなくって。うーん、応援したらおかしいよね、多分。」
「ははっ、ありがとう。うん、応援はまずいよな。でも、ありがとう。フェリシアを友達として好きな気持ちはあるから、言い合いっこも辛くはないよ。」
「そう、でもこれからは無しでいこう。」
「いいのか?」
「うん。」
再び沈黙が訪れた。木の葉が風に揺らされ、かさかさと柔らかい音を立てた。
「自覚したからって、どうしたいっていう訳ではないんだ。」
エリックはぽつりぽつりと話し始めた。
「目は気付くとエリザベスを見てるし、ランチタイムに彼女が隣に座ると自然に口元が緩むし、頬に手を当て首を傾げる癖もかわいいし、笑顔を見ると心臓が勝手に踊り出すし、むぅって膨れた顔もかわいくてそれを見たくて、つい揶揄ってしまうし。」
「・・・ガキ。」
「仕方ないだろう、かわいいんだから。」
「おっ言うねぇ。」
フェリシアはからかうようにおどけて言った。
「すごいね、吹っ切れた男って。語るねぇ。」
「ははっ、そうだな。なぁ、婚約者がいるのに他の子好きになるって、これって浮気かな?」
エリックはものすごく真剣な顔でフェリシアを見た。




