38. ジンクス
「今日も来るの遅いんだね。」
夏休みが終わり、学園でいつものお昼休み。いつもの食堂でいつものメンバーで昼食を取ろうといつもの席に遅れてやって来たヴィルノアとバルトにフェリシアは声を掛けた。
「ああ、そうかな。」
ヴィルノアはうんざりとした顔で答えた。バルトはその後ろでカラカラと乾いた笑っていた。
「いつものですよ、フェリシア様。」
「いつもの?」
「裏庭で、と言えば分かりますか?」
「あぁ・・・ノアってモテるものねぇ。」
「はは、そうですね。」
ヴィルノアは第三王子で婚約者なし、とくれば玉の輿を狙う女生徒からは優良物件にしか見えないだろう。彼はそういった野心家のご令嬢の格好のターゲットだ。それだけでもある一定の女性が寄ってくる。その上ヴィルノアはまだ幼さが残るものの青年になり始めたその顔は精悍さだけではなく軽く色気をまといつつあり、フェリシア以外の前であまり笑わないし冷めた態度だがそこを差し引いても恋に落ちる女性も多々あった。
フェリシアは以前裏庭で告白されているヴィルノアを見かけた時のことを思い出していた。
「最近来るのが遅いのってそれが理由?」
「そうですよ。」
「うわぁ、モテモテだね。」
「あっ、ご心配なく。ヴィルは一通り相手の言い分を聞いたら即効お断りしてますよ。」
バルトは手をぶんぶん振って焦ったように言った。
フェリシアは困ったように眉を寄せ、苦笑いを浮かべた。
「やっぱりそうなんだ。そんなに沢山の子が好きって言ってくれるのなら、一人くらいいいかなって思う子がいてもいいと思うんだけどな。そんな子いなかったの?」
フェリシアは首を傾げた。
「いるわけないだろう!」
「フェリシア様がそれ言います?」
ヴィルノアとバルトの声が重なった。
「そう?前にノアが下心ある子が大半だって言ってたけど、本気でノアを慕ってくれている子もいると思うんだよね。だってノアはこんなにいい子なんだよ?ちゃんとノアの良さを見ている子だっているよ。だからそういう子の目を向けるっていうのもありかなって思うの。新しい恋も芽生えちゃうかなって。」
フェリシアは思っていた以上にヴィルノアから聞かされた婚約者はいらない発言が気になっていたことに気付いた。
頭を思わず抱えたヴィルノアの背をバルトは優しくポンポンと叩いた。
「シアは僕がどっかのご令嬢に夢中になってほしいの?」
ヴィルノアは拗ねたように言葉を発した。
フェリシアは人差し指を頬に当てた。
「うーん、ノアが幸せならそれでいいよね。あんまり夢中になって、私のこと忘れちゃったら寂しいけどね。でも彼女ファーストになるのは仕方ないよね。」
「僕がシアを忘れるなんてありえないよ!」
「ありえませんね。」
「そもそも裏庭への呼び出しだって行きたくなんかないんだ。」
「あれ?呼び出しに応じてるよね?」
「シアが言ったからね。前に女の子にとって告白するのは勇気がいることだから無下に扱うのは紳士的ではないって言ってたでしょう。シアに軽蔑されたくないから、断るの決まっているけど応じているだけ。シアは聞きもしないで呼び出しにも応じなかったら軽蔑するでしょう?」
「うん、そうだね。えらいよ、ノア。言ったこと覚えててくれたんだね。」
「だろう。」
「うん、うん、女の子は繊細だからね。告白なんてとてつもなく勇気のいることだよね。そんな勇気のかけら集めて頑張っているんだから成し遂げるくらいはさせてあげたいじゃない?実るかどうかは別にして、だけど。ダメだったとしても諦めやすいと思うしね。」
「シアらしいね。」
ヴィルノアは大きくため息をついてテーブルに置いた腕に頭を乗せた。
その横でバルトは苦笑いを浮かべていた。
「それとは別にノアにも幸せになって欲しいんだ。」
フェリシアはゆっくりとヴィルノアの頭を撫でた。
「・・・シアの気持ちは分かっている。だけど無理。他の子を好きになることはないよ。」
ヴィルノアは大人しく撫でられながら目をつむった。
「僕の幸せはその子がいつも笑顔でいられることにあるんだ。」
「うん、前に言ってたよね。でもね、それを寂しく感じるんだ。私の我が儘なんだけどね。」
「・・・シアは優しいね。」
「我が儘なだけだよ。」
しばらく何も言わずフェリシアはヴィルノアの頭を撫で続けた。そして手を止め言った。
「そういえばなんでみんな裏庭で告白するんだろう?」
「あれっ、知りませんか?裏庭で告白してうまくいった恋人同士は生涯仲睦まじい関係でいられるっていうジンクス。ほら、社交界でもおしどり夫婦と言われる方々の多くが裏庭告白組なんですよ。」
学園は貴族の子女なら必ず通うところである。フェリシアのように学園入学前から婚約者がいるのは稀で、多くの子女が婚活の場として学園生活を利用する。
「ジンクスかぁ、知らなかった。いいよね、皆様お幸せそうだし。憧れるの分かるわ。裏庭で告白かぁ。」
「ははは、フェリシア様には不要ですね。エリック殿下という婚約者がいらっしゃいますから。」
バルトがサラっと言うと、ヴィルノアは顔を引き攣らせた。
「シアは裏庭で告白されたいの?」
「うん。素敵じゃない?あっ、でもモテないから無理か。」
「フェリシア様がモテない⁉本気で言ってます?」
バルトは身を乗り出して聞いた。
「本気だよ。だって一度も告白されたことないよ。エリックとは気の合う友達のままだから告白って、ないよね。物語のようなロマンチックな告白されてみたいって女の子なら一度は思うんじゃないかなぁ。」
フェリシアは両手を自身の両頬に当てほぅと息を吐き出した。
「なるほど。エリック殿下とは恋心がないからあの好きの言い合いをしてるって言ってましたね。」
バルトは思い出したかのように言った。
「ふふっ、どうせ結婚するなら政略結婚で仕方なくじゃなくって恋愛結婚したいかなぁって思うの。だからね、エリックに恋したいんだけどねぇ、上手くいかなくって。絶賛頑張り中。」
フェリシアは握り拳を作り、力を込めた。
「人の心はどう動くかなんて分からないですからねぇ。」
「・・・うん、そうだよね。」
フェリシアとバルトはどこか遠くを見た。
「はい、シア、あーん。」
ヴィルノアは自身のランチプレートのプリンをスプーンで掬ってフェリシアに差し出した。
「あっ、プリンだ。」
フェリシアはにこにこしながらパクンとプリンを口にした。
「美味しい!プルプルだね。」
フェリシアは頬に手を当て嬉しそうに笑った。
「ははは、本当に美味しそうだね。はい、もう一口どうぞ。」
「ん、ありがとう。」
フェリシアは二口目を食べ幸せそうに微笑んだ。
「いい笑顔。シア大好き。」
「うん知ってる。本当に美味しいよ。ノアも食べて。」
フェリシアはスプーンでプリンを掬うとヴィルノアに差し出した。
「で、殿下ぁ・・・。」
エリザベスは両手で自身の両頬を覆った。
「・・・ヴィル、ごめん、何にもできない俺で・・・。」
エリックは目元を押さえて呟いた。
「・・・無自覚な悪女・・・。」
オスカーの呟きにこくんとシルビアが頷いた。




