37. ヴィルノアという人④
夏休みに過ごしたシアの領地での日々は概ね楽しかった。
絵を描くシアも、お菓子を作るシアも、湖畔を散歩するシアも、いつ見ても笑顔で楽しそうだったよね。ここ何年もシアの領地でお世話になっているけど、領地でのシアはのびのびとしているように思う。いいよね。いつも以上に笑顔が多くて、僕まで嬉しくなるんだ。シアには笑顔が似合うし、とてもかわいい。
ただ今年の夏はうるさい虫がつきまとって苛立たしかった。ここ数年まとわりつくようになっていたけど今年は酷かった。おかげでシアとの時間が取れないし・・・しかも余計なことしかしゃべらない。僕を好きだと言う割に僕の迷惑に思うことしかしないのは何故だろう。嫌われるとか思わないのかな?僕なら怖くてそんなことできないのにね。それにシアの笑顔が曇るよね。最悪じゃないか。
そうは言っても彼女はシアの従妹だ。シアもかわいがっているようだ。前にシアの前で完全に無視をしたら『ダメでしょう、仲良くね。』と言われたからシアの前ではとりあえず返事はするようにしているけど、いなければ無視でいいよね。と思って無視していてもまとわりついて離れない。しつこい。
まとわりつくからシアとの時間が作れない。せっかく一日中シアと過ごせる機会なのに、全くと言っていい程、僕の時間にシアがいない。
普段表情がほぼ出ないと言われる僕があからさまに苛ついた顔や不機嫌な顔をしていたらしいから、僕の心はそうとう病んでいたんだね。
あの虫は一番口にしてほしくないことをサラっという。
シアは自分に向けられる好意というより恋情に鈍感だ。もてないと思っている。あんなにかわいくて、あんなに優しくて、あんなに魅力的なのに、何故か自信がない。まあ、僕や兄上が側に居て、手を出してくる馬鹿はいないよね。だから僕が好きって言っても恋情ではなく兄弟愛だと思っている。そんなシアに甘えて好きって言い続けているわけだけど、シアを悲しませることになるだろう僕の気持ちには気付いてほしくないんだ。それに僕の本心を知ったら、シアは僕を避けるようになると思うんだよね。シアは優しいから。避けられたら僕は・・・考えたくない。オトウトでもいい。側に居て、シアの笑顔を見ていたい。
あの虫はそんな僕の心情なんかお構いなしにシアの前で余計なことを言う。
僕につきまとうなら僕がシアと離れていればシアの前での不用意な発言を防げると思って、少しシアとの距離を取ったら僕がダメだった。僕もまだまだ子供だね。
後で聞いたけど、兄上をはじめ、みんなシアの従妹に忠告してくれたらしい。
特にシルビアの怒りは強く、かなりしっかりシアの従妹に言ってくれたらしい。オスカーの嫉妬交じりの報告があった。僕とシアの為にシルビィが動いたって。シルビアは僕にとって本当の姉のような人だ。いつも優しい。ついつい甘えてしまう。ついつい本音を言ってしまう。シア以外で幸せになって欲しい女性はシルビアにはだけだ。オスカーがついてるから大丈夫だろうけどね。いつも仲睦まじくって、ちょっと羨ましいくらいだ。
そういえばエリザベス王女もかなりきつく言ってくれたらしい。兄上が驚いたようだからよっぽどのことだったんだろう。彼女は柔らかい印象の方だけど、根は違うのかな。シアを友として大事にしているのは見ていて分かる。だから大丈夫だとは思うけど、兄上を見る目に熱を感じるんだよね。兄上はいい男だから惹かれるのは無理もないよね。でもその気持ちは表に出さないでほしい。シアがきっと悲しむから。
シアとエリック兄上の間には独特な絆があると思う。二人は恋ではないというけど、恋情はなくとも絶対な信頼感があって穏やかな空気がいつも二人の周りを囲んでいる。長い間、婚約という縛りがある中で培ってきた情は確かにあって、恋情のような激しさはなくとも将来穏やかな家庭は築けるのではないかな。シアも兄上も幸せになれるよね。僕はそれを近くて遠い所から眺めていくんだ。
僕の覚悟はもう決まっているけど、シアの近くにいると時々揺らいでしまう。手が物理的に届く位置は、絶対届けてはいけない心と絶対届くことはない立場を妙に浮き上がらせてくれる。もどかしくて、愚かしくて、情けなくて・・・。いっそうのこと兄上がシアに恋していないのなら、シアが兄上に恋していないなら、僕にシアを頂戴って言ってしまえたらいいのに。うーん、ガキ。現実逃避。
あと二年くらいかな?こんなこと考えていられるのは。学園を卒業すれば、シア達は結婚する。僕はまだ学生で二人との関わりが今より減るだろう。シアが笑顔でいれればそれでいい、というのは本音だし、揺るぎない想いだ。だけどね、ダメなんだ。時々どうしようもなく聞き分けのない子供のような僕が暴れるんだ。そんな時はどうしようもなくシアが欲しくなるんだ。こんなガキな僕はダメだね。あと二年で大人になるからね。シアと丁度いい距離でシアの幸せを見守るからね。頑張るよ、シア。




