35. 夏休み⑬ 守ります
「あらっ、みーなさんではないですか?」
エリザベスは少し先でしゃがみこんでいるミーナを見つけた。
「どうされました?ご気分が悪いのですか?」
急いでエリザベスはミーナに近づき、声を掛けた。ミーナは俯いたまま首を横に振った。
「どうした?足でも痛めたか?」
エリックもしゃがみこんだままで俯くミーナに心配気に声を掛けた。ミーナはやはり俯いたまま首を横に振った。エリックとエリザベスは顔を見合わせどうしたものかと目で話した。
「シルビア様を怒らせてしまいましたの・・・。」
絞り出すような声でミーナは言った。
「ああ、昨日の件か。聞いたよ。シルビアはヴィルをかわいがっているからな。怒るのも無理ないな。」
エリックとエリザベスはミーナの前にミーナと同じようにしゃがんだ。
エリザベスはミーナの涙に気付き、ハンカチを差し出した。
「お使いなさい。涙を拭いて、何があったか話してください。」
ミーナは素直にハンカチを受け取り涙を拭くと顔を上げた。涙で目は赤く腫れ、サイドの髪が顔に張り付いていた。エリザベスが張り付いた紙を優しく耳に掛けてやると、ミーナはゆっくりと話し始めた。
「言動を考えなさいって。ヴィルノア殿下のお気持ちを考えなさいって。私の今までの行動は独りよがりの我が儘でしかないって。殿下とフェリシアお姉様に近づくなって。うっ。」
再び涙が零れてきたのでミーナは目元をハンカチで押さえた。
「シルビアは正しいな。」
「そうですわね。シルビアはミーナさんにも分かるようにはっきりと言ったようですわね。」
二人は頷き合う。
「私は殿下に私を見てほしかっただけなのにぃ。好きになってもらいたかっただけなのにぃ。」
ミーナはぐずぐずと鼻をすすりながら言った。
「あぁ、まだ理解できていないんだな。昨日バルトに釘を刺されたんだろう?聞いてなかったのか?」
「私がヴィルノア殿下を好きになることはいけない事なのですか?好きだから、同じ想いを返してもらいたいと思うことはダメなことですか?」
「そんなことは言ってないだろう。好きになること自体はいいことだと思うよ。そこは問題ではないんだ。自分に振り向いてもらいたいと思うことだって、好きになったら誰でも思うんじゃないか。問題はその過程なんだよ。分かるか?恋愛は一人でするものじゃないだろう。必ず相手がいるんだ。片方の想いだけで成り立つものではないだろう?人を好きになるってことは相手の幸せを願うことでもあると思うんだ。お前がヴィルに何を言ったか知らないが、お前が言った言葉は本当にヴィルの幸せを願いヴィルの為に言ったものだったか?」
「・・・。」
「お前が声を掛けたり、まとわりつくことでヴィルは笑顔になったか?」
「・・・殿下が本当の笑顔を見せるのはフェリシアお姉様の前でだけですわ。」
「ヴィルは分かりやすいからな。」
「エリック殿下はご自身の婚約者に好意を寄せる男性を許容できますの?」
「ヴィル限定で許容中だ。」
「なぜです?お姉様はエリック殿下のお嫁さんになるのでしょう?絶対にヴィルノア殿下が手にすることはできない女性ではないですか!」
ミーナは強くハンカチを握りしめた。
「あぁ、それ昨日ヴィルにも言ったろう?しかもフェリシアが見えるような場所で。」
「えぇ、言いましたわ。エリック殿下とフェリシアお姉様が湖畔を仲良く歩いてらしたのをヴィルノア殿下が見ていましたから。お姉様はエリック殿下の婚約者です、エリック殿下のものです、と。だってそうでしょう?エリック殿下の婚約者であるお姉様がヴィルノア殿下のものになることはありませんよね?」
「やっぱりな。俺に聞こえてなかったからフェリシアにも聞こえてなかったよな。良かったな。聞こえてたなら、ヴィルだけじゃなくバルトもシルビアも怒り倍増だったな。特にシルビアはヴィルを実の弟のようにかわいがっているからな。」
「そうですわね。聞こえなくて良かったですわ。」
エリザベスとエリックは視線を合わせ頷き合った。
「私が言ったことは間違えていますの?」
「間違ってはいないな。」
「だったら・・・。」
「間違ってはいないが口にすることではないと分からないのか?」
エリックはミーナの言葉に被せるように言った。
「君にははっきりと言わないと分からないようだから、率直に言うね。だから理解してね。」
エリックは微笑みながら話し始めた。
「俺たちはヴィルとフェリシアが大切なんだ。君なんかよりもずっとね。二人が傷つくことは許せないんだ。君の言ったことは君が指摘しなくてもヴィルも他の誰もが知っているし、理解している。ただ一点、ヴィルの本気の想いだけはフェリシアは知らない。そのことに君も気付いていたよね?そしてヴィルは絶対フェリシアに知られたくないと思っているってことも、知っていたよね?それなのに君はフェリシアが気付きそうなことを口にしたんだ。それって君にとって正義なの?二人を傷つけてでもヴィルを勝ち取りたいの?あぁ、無理だから。ヴィルが君を好きになることはこの先ないから。あんなこと言ってくる奴なんてヴィルにとって害悪以外の何物ではないと思うよ。そうだね、もうこれだけヴィルに嫌われているし、考えなしで危うい発言しかしないようだし、もう領地の自宅に帰ったらいいんじゃないかな。お互いの為にもいいよね。」
エリックは言葉も軽快で微笑んでいるが目が笑っていなかった。言い終わったエリックは立ち上がり、エリザベスに手を差し出した。エリザベスはエリックの手に自身の手を乗せ言った。
「まぁ、随分はっきりと分かりやすかったですわ。わたくしも同じように思っていますもの。12歳でしたわよね、ミーナさん。12歳はもう子供ではありませんわ。ご自身の行動に責任を持つべきです。それに恋愛はお一人ではできませんわ。ご自身の想いだけを押し付けるのは恋ではありませんね。恋する自分に酔う愚か者のとる行動ですわよ。」
エリザベスは扇を持っていないことに寂しさを感じた。
エリックは少し驚いたように目を見開き、直ぐに目を細め楽しげに笑った。
「エリザベスも言うなぁ。俺よりきつくない?」
「そ、そうかしら?わたくし、ミーナさんみたいな独りよがりで子供だからと甘えた行動が許せなかったんですもの。フェリシアが傷つくくらいなら、きっちりミーナさんが傷ついていなくなってくれた方が何倍もいいですわ。あらっ、大人げなかったですね。」
エリザベスは真っ赤になった頬を両手で包んだ。
「真っ赤だな。厳しいエリザベスもいいな。」
エリックは口元に軽く握ったこぶしを当て、クックっと笑った。
エリザベスは一層顔を赤らめ両手で覆って、言った。
「もう、笑わないでくださいまし。エリックが意地悪ですわ。」
フルフルと肩を震わせるエリザベスにエリックは手を差し出した。
「行こうか、エリザベス。」
「えぇ。」
エリザベスはエリックの手に自身の手を乗せると、美しく微笑んだ。エリックは目を細め微笑むと優雅にエリザベスを屋敷の方へとエスコートしたのだった。




