31. 夏休み⑨ 嵐
湖の畔を歩くフェリシアとエリックを、少し離れたところからヴィルノアは木にもたれて腕を組み、眺めていた。穏やかな空気をまとった二人をヴィルノアは何の感情もうかがえない顔でただただ見ていた。ヴィルノアの周りは優しく風が木々を揺らし、葉擦れの音だけがざっざっと小さく響いていた。
「ヴィルノア殿下、こちらにいらしたのですね。探したんですよ。」
静寂を破ったのはミーナだった。彼女はは息を弾ませ、ヴィルノアに近づいた。
「こんなところにお一人で何をされていますの?」
ヴィルノアは何も答えなかった。
ミーナはヴィルノアの視線の先を追った。
「あらっ、フェリシアお姉様とエリック殿下ではないですか。お二人は本当に仲がよろしいのですのね。 ヴィルノア殿下もそう思いませんか?」
「あぁ、そうだね。」
一言ぼそっと言うとヴィルノアははぁと大きく息を吐き出した後、屋敷の方へと歩き出した。
ミーナは慌ててヴィルノアを追い、袖を掴んだ。
「ヴィルノア殿下、私ではダメですか?フェリシアお姉様の代わりにはなれませんか?お姉様はエリック殿下の婚約者です。ヴィルノア殿下が決して手に入れることのできない女性ですわ。」
ヴィルノアは腕を強く振りミーナの手を振り解くと、ミーナが今まで聞いたこともない低く冷たい声で言った。
「そんなことは誰でも知っている。シアに関して君には関係のないことだ。二度と口にしないでくれ。不愉快だ。」
顔は無表情なのにヴィルノアがひどく怒っていることはミーナにも分かった。
「私を殿下のお隣に居させてくれませんか。ご存じかと思いますが、私は前から殿下が好きなのです。・・・関係なくないですわっ・・・。」
ミーナはヴィルノアの初めて見る冷たさに青ざめつつも言った。
「君の事情などどうでもいいことだ。迷惑だ。二度と声を掛けないでくれ。」
ヴィルノアは言い終えるとすぐにすたすたと屋敷に歩いて行った。
「そ、そんなぁ・・・。」
ミーナは青ざめ、その場にしゃがみこんだ。
一部始終を屋敷の近くで見ていたバルトは、歩いてきたヴィルノアの肩をポンと叩き言った。
「酷い顔だよ。」
「・・・。」
「そんな顔ではみんな怖がっちゃうよ。フェリシア様でさえね。」
「!!っ。・・・ごめん、直してくる。」
「それがいいよ。あとは任せて。」
「・・・ありがとう。」
「どういたしまして。」
バルトはひらひらと手を振りミーナの方へ歩いて行った。
ヴィルノアは自身の部屋に向かって歩いて行った。
ふぅっと息を小さく吐き出しバルトはミーナの元へ向かった。
しゃがみこむミーナは青ざめ口元に手を当てていた。
「どうしたの?おじょうさん。」
軽い調子でバルトはミーナに声を掛けた。
「あっ、バルト様。」
顔を上げたミーナの声は震えていた。
「あ、あの、私、ヴィルノア殿下を怒らせてしまいましたの。二度と、二度と声を掛けないでって。」
ミーナは声を詰まらせ、プルプルと震えたかと思うと大粒の涙を流し始めた。
「怒らせる気なんてありませんでしたの。私を見てほしかっただけですの。ヴィルノア殿下ってばフェリ、んぐっ。」
バルトは取り出したハンカチをミーナの口元に押し付けた。ミーナの言葉はバルトにより遮られ、ミーナは目を大きく見開いた。バルトは自身の口元に人差し指を当て、にっこり笑った。
「うん、それ言っちゃダメな奴だから。分かっているよね?二度と口にしちゃだめだよ。」
ミーナは再び青ざめ、ぶんぶんと首を縦に振った。ミーナの口元はまだハンカチが当てられていた。
「もう言わないと誓えるなら押さえるの止めるけど。」
バルトはそれはそれはきれいに笑った。ミーナが首を縦に振ると、バルトは口元を押さえていたハンカチでミーナの涙を拭いた。
「分かってくれてよかったよ。二度と口にしてはいけないよ。それとヴィルにはもうつきまとわないでね。彼女との時間を邪魔されてかなりキレてるから。」
「お姉様はエリック殿下の婚約者ですわ。」
ミーナは泣きながらも言った。
「それ言うってまだ分かってないのかな?お二人が婚約されていることは誰もが知っていることだよ。だからこそヴィルは彼女には本当の気持ちを知られたくないんだ。ヴィルはお二人のことを大切に思っているんだ、知っているだろう?彼女はヴィルのこと弟としてかわいがっている。その関係を壊したくないんだ。君はヴィルを好きなら分かっているはずだよね?」
ミーナはこくんと頷いた。
「ヴィルの気持ちが彼女に向いていることは彼女以外皆知ってる。エリック殿下ですらね。彼の態度はあからさまだからね。それなのに彼女だけ気が付いていない。驚くほどご自身に向けられる恋情に疎いんだ。だからこそハッキリと言葉にしてはいけないよ。分かるね?」
バルトは話している間始終笑顔だったが、ミーナは彼の目が全く笑っていないことに気が付いて更に青ざめた。ミーナは言葉が出ず、こくこくと頷いた。
「いい子だ。あいつのことを想うなら、あいつが何を考えてるか分かると思うんだけどね。」
バルトはミーナの頭をポンっと叩いた。




