30. 夏休み⑧ お散歩デート
フェリシアとエリックは湖の畔を二人で歩いていた。
湖は日の光をキラキラと反射し、鳥たちはぴぴぴっと和やかに啼いていた。山から吹く風は心地良く、静かにフェリシアの髪を揺らしていた。
「いつ来ても気持ちのいい所だな。」
エリックは遠くの山々を眺めながら言った。フェリシアは風に流された髪を耳にかけた。
「本当に気持ちがいいよね。夏でも涼しいしね。大好きよ。」
「俺も好きだな。」
二人は顔を見合わせて笑った。
しばらく無言で歩く二人だったが、フェリシアもエリックもその静けさが嫌いではなかった。というより、却って静かな時間が心地良く感じていた。
「そういえばミーナ嬢は相変わらずだな。」
エリックは苦笑いを浮かべる。
「ははっ、一応大人になっているんだと思ったんだけどなぁ。」
フェリシアは乾いた笑いで答えた。
今日はミーナが来てから三日目。
ミーナはこの地を訪れた当初から元気いっぱいだった。ただその元気さが向かう方向に問題があった。彼女は三年前に初めてヴィルノアに出会い、この地で一緒に過ごすうちにすっかり心を奪われていた。そしてその気持ちを隠すことなくヴィルノアにぶつけてきた。時に言葉で、時に行動で。彼女のそういった行動はヴィルノアからすれば迷惑なことで、毎回そっけなく冷たくあしらってきた。しかしミーナはめげることもなく、ヴィルノアへの恋を諦めることはなかった。
それは今年も続いていた。
ある時はヴィルノアが居間のソファーで本を読んでいると自分も本を持って隣に座り、少しでもヴィルノアが顔を上げると即座に話しかける。ヴィルノアがそれには無言で立ち上がるとミーナも立ち上がり、ヴィルノアの腕に絡みつこうとする。それをヴィルノアが躱し部屋を出ていこうとすると、後ろをついていく。対応することが面倒になり、ヴィルノアは自室に戻り、鍵をかけ籠ってしまう。
またある時はフェリシアとヴィルノアが二人で絵を描いていると、二人の間に座り込み、一緒に絵を描き始めた。そしてヴィルノアに自分を描いてくれと強請った。
剣術の稽古をしていればタオルを持って駆け付け、ヴィルノアに渡そうとする。ヴィルノアが受け取らないと分かると、次は飲み物を持ってきた。これもスルーされると次は椅子を持ってきて座り込み、大きな声で声援を送り始めた。
朝食の後には庭園に花を見に行こうと誘い、昼食の後には湖の畔を散歩しようと誘い、夕食の後にはカードゲームをしようとミーナはヴィルノアを誘った。兎にも角にもミーナはヴィルノアと一緒に居ようとした。
ヴィルノアの表情はどんどん無表情になっていき、口数も減っていった。
「あの行動力と精神力には毎回驚かされるな。」
「本当変わらなくてびっくりよ。たまにしか会わないのに、ずっとノアが好きなのね。」
フェリシアとエリックは顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。
「それにしても今年は一段とすごいな。ヴィルがどんどん不機嫌になっていく。」
「確かにノア不機嫌だよね。昨日なんてミーナにまとわりつくな、迷惑だって言ってたわ。」
「あぁ、言ってたな。それに対してミーナは庭の散歩が嫌でしたら湖で釣りはいかがですか、とか言ってたぞ。あの強メンタルはすごいな。まったく折れない。」
「ははっ、そろそろノアを助けてあげた方がいいかな。ミーナに注意してみるとか。」
「いやぁ、フェリシアは何もしない方がいいんじゃないかな。」
「えー、私ミーナとノアよりお姉さんだよ。お姉さんとして何とかしてあげた方がよくない?」
「フェリシアだと余計こじれるような気がするんだが。バルトかオスカーか俺辺りが無難なんじゃないかな。シルビアはキレそうな気がするしな。」
「でも私ミーナの従妹だよ。あの子の暴走を止めるのは私じゃない?そろそろノアがキレる気がするのよね。」
「確かにな、ヴィルは限界近いように思う。ただキレたとしても理由がな・・・。」
「やっぱり私がミーナを諫めるよ!」
「いやいやいや、フェリシアじゃない方がいいって。」
エリックはぶんぶんと両手を振った。
「なんで私じゃダメなのよ!」
フェリシアは頬を膨らませた。
エリックは自身の頬を指で搔きながら、視線を宙に彷徨わせた。
「あー、従妹という近さだと感情的になることもあるだろう。こういうことは冷静に話せる第三者の方がいいって。だから俺らの方がいいだろう。フェリシアにはヴィルのフォローを頼みたいな。」
フェリシアは気付いていないようだけど、ミーナはフェリシアにライバル心を持っているようなんだよな、とエリックは思った。フェリシアが何か言うとミーナは確実に荒れる、という確信めいたものもあった。
フェリシアはぷくっと頬を膨らませていたが、ふぅっと息を吐き出すとエリックの提案を受け入れた。
「分かった。ミーナはエリック達に任せるよ。ノアのフォロー頑張るね。あれっ、フォローって何すればいいかな?」
「ああ、いつもみたいにクッキーでもあーんって食べさせとけばいいんじゃないか?」
「ふふっ、お菓子で機嫌が直るなんて、お子様みたい。ノアはもうすぐ15歳よ。」
「いや、ヴィルの機嫌は確実に良くなる。そう意味ではまだまだ単純な子供のようなところがあるよ。」
「そうかな?エリックがそこまで言うならやってみようかな。」
「あぁ、そうしてくれ。」
二人は互いに顔を見合わせ笑った。




