3.きっかけなんてこんなもの
フェリシアとエリックの婚約が決まったのは二人が10歳の時だった。
エリックが10歳になった時、誕生日会という名目でエリックと年の近い8歳から12歳までの貴族の子女を招いたお茶会が王宮の庭園で行われた。誕生日会とは言いつつ、実際はエリックの将来の花嫁候補と側近候補を選定するのが目的であった。第一王子のテオドールにはすでに婚約者がおり、側近としてフェリシアの兄が決まっていた。第三王子ヴィルノアも8歳と年が近く参加の予定だったが、体調を崩し当日は欠席していた。ヴィルノアは小さい頃から体が弱く、このお茶会当時はよく体調を崩していて、ベッドの中の住人でいることの方が多いくらいだった。
お茶会当日は天候にも恵まれ、爽やかな風が吹く中、王妃様の挨拶から始まり、少しするとあちらこちらで歓談が始まった。そして、今回のお茶会の真の目的に気付いているであろう子女の多くがエリックとの会話を求め、エリックを取り囲んでいた。また他の子女は同年代との社交の輪を広げるべく拙いながらも社交を頑張っていた。そんな中、少しそれらの輪から離れたテーブルの前でフェリシアは美しく並べられた色とりどりのお菓子に夢中だった。
「すごいわ!どれも美味しそう!」
瞳をキラキラと輝かせ、しばらく悩んだ後、取り皿に最初の一つ、選びに選び抜いた大きなイチゴののったタルトを載せようとした瞬間、事件は起こった。
「うわぁぁぁどいてぇ!」
振り向くとすごい勢いで駆けてくる男の子が目に入った。
「どいてぇ!止まらない!」
急の出来事でとっさに体が動くわけもなく、フェリシアは突っ込んできた少年と共にお菓子の並んだテーブルに倒れこんだ。
ガラガラガッシャーン。
幸いお菓子はフェリシアとは反対側に飛んで行ったので、ドレスはお菓子で汚れることはなかった。しかしテーブルの上のお菓子はすべて地面の上にぐちゃぁと転がってしまった。
「痛たたた…」
フェリシアの上に乗っかる形で倒れこんでいた少年は立ち上がり、フェリシアに手を差し出した。
「ぶつかってごめん。大丈夫?」
フェリシアは何も言わず、ただただ転がったお菓子を見ていた。
少年は声をかけても何も反応しないフェリシアが心配になり、屈んで顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
フェリシアはプルプルと肩を震わせたかと思うとキッと少年を睨みつけ、大きく手を振り力の限り少年の頬をはたいた。
バッチーン!
全員が事の成り行きを見ていて静まりかえっていたお茶会会場に大きな音が響いた。少年は叩かれた頬を押さえフェリシアに言葉をぶつけた。
「何するん…」
「何てことしてくれたのよ!」
フェリシアは迫力のある大声で少年の言葉を遮った。
「あなたのせいであの美しいお菓子が全部食べられなくなっちゃったじゃない!どうしてくれるの?あのお菓子たちに謝りなさいよ!!」
ビシッとお菓子を指さし、フェリシアは涙を称えた大きな瞳で少年を見据えた。フェリシアは少年が第二王子のエリックだと気付いてはいたが、怒りのあまり言わずにはいられなかった。その勢いにエリックは目を丸くして固まっていた。
「分かる?ここはお茶会の会場で、王室の料理人の方が丹精込めて作った素晴らしいお菓子が並べられてたの。それを見なかったの?本当に、ほんと~においしそうだったんだから!私はそれを今から楽しむところだったのよ。どうしてくれるのよ…私のワクワクを返してよ!」
フェリシアは涙目で訴えた。エリックはフェリシアの勢いに飲まれて固まったままだ。
「どうした?」
フェリシアの兄、ジルベールは騒ぎの中心に妹がいることに気付き駆け付けた。
「お兄様!」
フェリシアはジルベールに抱きついた。
「ひどいんです!この子が私のお菓子たちをダメにしたんです!」
「本当かい、エリック」
第一王子のテオドールもやってきてエリックに尋ねた。
「兄上…」
ばつの悪そうな顔で少年はテオドールを見た。テオドールはその表情からすべてを悟った。
「お前は何をしているんだ」
呆れ声で言った後、テオドールはサッと手を挙げ、メイドたちに片づけを指示した。
「令嬢、ジルベールの妹のフェリシア嬢だね。私は第一王子のテオドールだ。弟が迷惑をかけたね。ほかのテーブルの菓子は無事だから、そちらで菓子を楽しんで欲しい。」
テオドールは優しくフェリシアに話しかけた。
「さあエリック、ご令嬢をエスコートしなさい。」
俯いてしゅんとしていたエリックはテオドールに背中を押され、顔を上げた。少年、エリックはテオドールをちらっと見た後、フェリシアに手を差し出した。
「さっきはすまなかった。あちらのテーブルでお菓子をつままないか?」
エリックはいかにも王子様といった態度でフェリシアを誘った。
「ほらフェリシア、エリック殿下も悪気はなかったのだろう。お前もいろいろやらかしたのだろう?殿下の謝罪を受け入れなさい。」
ジルベルトは自身の頬を指さした後、フェリシアの背中をそっと押した。ジルベルトが頬を指さしたのを見たフェリシアは王子様をひっぱたいてしまったことに気付いた。
「…やっちゃったぁ」
フェリシアは目を瞑り、顔を両手で覆い俯いた。そして、ふぅと大きく息を吐いた後、顔を上げた。
「まさかケーキをダメにする馬鹿者が第二王子殿下だとは思わず、頬を叩いてしまいました。申し訳ありませんでした。」
「はははは、ちっとも謝る気はないようだな」
頭を抱えるジルベルトとは対照的に、テオドールは楽しそうに笑った。
「エリック、今回は全面的にお前が悪い。頬の痛みはちょうどいい罰だったな。」
「はい、兄上。」
「ではこの件は終わりだな。ほら、二人共あちらのテーブルに行っておいで。」
エリックは改めてフェリシアに手を差し出した。フェリシアもすまし顔でちょんと手をのせて別のテーブルまでエスコートされた。
「あっ、さっきの苺タルト!」
フェリシアは目を輝かせた。
「これか?すごくおいしいぞ。ちょっと待ってろ。」
エリックは取り皿に苺タルトをのせフォークと共にフェリシアに渡した。
「ありがとうございます。」
フェリシアはにっこり微笑みお礼を言うと、タルトを頬張った。
「うーん、おいしい!」
フェリシアは頬に手を当てへにゃらっと笑った。
「だろう。あっこれもおいしいぞ。あっこれも。」
次々とエリックはフェリシアの皿にお菓子を載せていった。皿には隙間なくケーキやクッキーが載せられた。
「あぁもう載らないです!ふふっあははは!」
「あれ?載せ過ぎたな」
「ふふっ考えなしでは?」
「酷いなぁ。どれも美味しいのだから仕方ないだろう?」
「確かに!」
二人は顔を見合わせた。
「ははははっ!」
「ふふっ」
二人は楽しそうに笑い合った。フェリシアはコロンと丸いパステルカラーのマカロンを一つ摘まみ、エリックの口の前に差し出した。
「はいっ幸せのお裾分け!」
目をぱちくりとさせ一瞬戸惑いの表情を浮かべたエリックだったが、口をあーんと開けたのでフェリシアはマカロンを放り込んだ。そしたもう一つ摘まんで自分も頬張った。
「んっ!美味しい!!チョコ味だわ。」
「俺のはイチゴ味だ。うまいな。」
にこにこ笑顔の二人はあれも美味しい、これもっとお互いの口に放り込み合った。
「んん~、もうおなか一杯。」
「だなぁ。」
二人共お腹に手を当てた。そして顔を見合わせにっこりと笑った。
「さっきはごめんな。改めまして俺はエリック・ハルトワールだ。この国の第二王子だ。エリックと呼んでくれ。」
エリックは胸に手を当てた。
「失礼しました。私はスカイ公爵’家が長女、フェリシアと申します。フェリシアと呼んでください。」
フェリシアはスカートを摘まみ上げ、礼をした。
「そういえば、さっきはどうしてお茶会会場で走ってらしたのですか?」
「あぁ、あれはだな、お茶会が始まった途端、女達に囲まれやれ俺に会うためにドレスを新調しただの、お話をしたいだのと次々に話すんだ。香水が強いし、そいつらの囲みから抜け出したら、今度は男達が俺を取り囲んで自己紹介やら特技なんかを話し始めたんだ。で、嫌になってその囲みから抜け出したらまた女共に囲まれ、とこの繰り返しで…もう走って逃げるしかないって思って全力で走ったらフェリシアがいたというわけだ。」
「まあ、それはお気の毒でしたね。でも走って逃げるだなんて…ふふっふふふふっ」
「笑うなよ。本当に辛かったんだから。」
「ふふっそれは失礼しました。大変でしたね。」
「そうか。分かってくれるか。そうだ!あっちにブランコがあるんだ。行ってみないか?」
「まあブランコが!エリック様、行きたいです!」
「俺のことは呼び捨てでいいよ。様なんていらないよ。」
「…不敬ではないでしょうか?」
「俺がいいって言うんだからいいんだよ。話し方も丁寧である必要はないよ。」
「でも…」
「今更だろう?」
エリックは自身の頬をツンツンと差した。フェリシアは目を見張った後、しまったと顔を顰めた。そしてうんと軽く頷いた。
「分かったわ、エリック。」
「ああ、それでいい。行こう!」
「うん!あっ、さっきはごめんね。痛かったよね?」
「ああ、痛かった。でも悪いのは俺だ。だろう?」
「それもそうね。」
「正直な奴だな。」
「ははっ嫌になっちゃった?」
「いやっ、気に入った。」
「ふふっ、ありがとう。私もエリックのこと気に入ったわ。」
「そうか、行こう!」
「うん!」
二人はブランコで遊び始めた。
「なんてことでしょう…。」
二人の様子を見ていた王妃はうっとりと目を細めた。
「エリックが女の子とあんな仲良さげに過ごしているなんて。いじわるもせず、悪戯もせず、乱暴な態度でもないなんて。どこのご令嬢かしら?」
「スカイ公爵令嬢ですよ」
そばにいた居たテオドールは言った。
「ジルベールの妹のフェリシアです、母上。」
「そう、フェリシアというのね。」
王妃は嚙み締めるようにフェリシアの名を言った。
「我が妹は何をやっているのですかね。お茶会だというのに。」
ジルベールは呆れ顔で言う。
「淑女には程遠いですね。そこがかわいいのですが。」
「はは、相変わらずだね。気も強そうだね。」
テオドールは自身の頬を差してニヤっと笑った。
「そうですね、それはそれで。」
ジルベールは兄の顔になった。
このお茶会の数日後、王妃様の強い要請もあり、フェリシアとエリックの婚約が決まった。




