2.反省会
「「はぁ~」」
フェリシアとエリックはテーブルを挟んで向かい合って座り、顔を見合わせ大きくため息をついていた。
ここはハルトワール王国のエノール学院のお昼休みの食堂。エノール学院は貴族の14歳から18歳までの子女が通う国一番の名門校だ。
フェリシアは学園の三年生で16歳、スカイ公爵家の令嬢だ。肩で切り揃えた焦げ茶色の髪は左耳の横を一房リボンで結わいている。大きな瞳にプルンとした唇で、美人というよりかわいらしい顔立ちだ。どちらかといえば童顔で小柄なフェリシアは出るとこは出、締まるとこは締まっている体で学園の制服をかわいらしく着こなしている。
エリックはフェリシアの同じ年の婚約者でこの国の第二王子だ。王家の証である金髪に濃紺の瞳を持ち、精悍な顔つきの二枚目である。フェリシアより頭一つ分背が高い。
二人は10歳の時から婚約をしている。
「トキメキなかったわ…。」
「ああ、何もないな…。」
「ええ、あなたは友達だわ。」
「お前は友達としていい奴だよ。」
「どうしましたの?」
エリザベスはエリックの隣に座り、頬に手を当て首をかしげる。それと同時にサラサラのストレートヘアが横に揺れる。整った顔立ちは誰もが見とれるほどで、水色の瞳は森の奥にひっそりとある湖のように澄んでいる。エリザベスは隣国の第一王女でこの学園に留学中だ。
「いつもの反省会だよな。」
同じくサラサラストレートヘアを耳にかけ、フェリシアの右隣に座ったシルビアが答えた。シルビアはすらっと背の高い美人である。目が釣り目気味できつく見えるが、本人は何も気にしていない。家の家業の影響で言葉使いが男性的である。
「相変わらずですよね。」
黒縁眼鏡の中央を人差し指で動かし、やれやれといった表情でオスカーはエリックの左隣につまりシルビアの向かいに座って言った。茶色くサラサラの髪で肩より少しだけ長く伸ばし、後ろで一つに束ねている。
三人ともフェリシアとエリックとは同じクラスで仲も良い。
「あんなに好き好き言って仲睦まじい感じですのに、ね。」
エリザベスはほうっと小さく息を吐く。
「何の成果も見られないな。」
シルビアは野菜を一口大にフォークとナイフでまとめながら言う。
「そうですね。」
オスカーは自身の眼鏡の中央を押さえた。
「もうっ私だって頑張ってるの!」
フェリシアはぷくっと頬を膨らました。
「好きって言い合ってるだけだろう?」
シルビアが静かにフェリシアを見つめ、無理だと瞳で訴える。
「確かに二人の間に艶めいたものを感じたことはないですねぇ。」
うんうんと首を振りオスカーは言った。
「今はそうでもいつか恋心が芽生えて恋人同士になれるかも、でしょう。」
フェリシアは握りこぶしを作り、テーブルの上にのせた。
「親が決めた婚約だけど、お父様とお母様、国王様と王妃様みたいに愛情溢れる夫婦になりたいの。どちらも政略結婚だけどラブラブで素敵なのよ。」
フェリシアの両親も国王夫妻もフェリシアにとって理想の夫婦であり、自分も結婚する相手と恋をしてラブラブな夫婦になりたいと切に願っている。そのことをエリックに話したところ、どうせ結婚するなら愛ある結婚の方がいいと意見が一致した。
では二人がお互いに恋に落ちる為にはどうすべきか考えたところ、フェリシアの提案で会う度にお互いの好きって思える所を一つ伝え合うことになった。恋愛経験のないフェリシアは当時流行していた恋愛小説の主人公が毎日好きと意中の相手に伝え続け、いつしか相手も主人公に恋し、恋人同士になるというのを参考にしたのだ。
フェリシアもエリックもお互いがとても気の合う友人であることは認識していた。恋や愛のようなままならない感情はお互い抱いてはいないことも自覚していた。
学園に入学する一年程前から始め、入学前は月一回の定期的に会うお茶会で、入学してからはお昼休みに一緒に昼食を取る時にお互い好きなところを伝え合うようにした。
学園の三年生であるフェリシアは好きを伝え続けて四年目に突入していた。学園ではほぼ毎日伝えている。ある時は『いつも正直なエリックが好き』と、またある時は『青い瞳がきれいで好き』と。エリックもある時は『いつも笑顔で好き』と、またある時は『数学に真剣に取り組む横顔が凛々しくて好き』と。そして月の終わりにどれくらい心が揺れ動いたか確認し合う「反省会」まで行っている。今日は四月の最終日、反省会の日だ。
「早いね。お昼食べ終わっちゃった?」
食事を載せたトレーを持ちヴィルノアとバルトがやってきた。ヴィルノアはフェリシアの左隣に座り、ヴィルノアの隣にバルトは座った。
ヴィルノアは学園にこの4月に入学したてのい1年生で14歳、そしてエリックの弟、つまりこの国の第三王子だ。王家特有の金髪に濃紺の瞳を持ち、まだ少年の幼さはあり、かわいらしいその整った顔立ちは見る者の目を引き付けた。背も小柄なフェリシアと同じくらいだ。エリックは髪を短くしているが、ヴィルノアは肩まで伸ばして軽く結わいていた。
バルトはヴィルノアと同じ年で赤い髪に茶色い瞳だ。見た目は武闘派のようなのに、本好きのインテリだ。
二人は同じクラスで意気投合したとのこと。
「あれっ何かあった?」
フェリシアの気落ちした表情に気付いたヴィルノアは聞いた。
「うん、今月もエリックに恋をするどころかトキメキもしなかったの。」
「・・・何、それ。」
ヴィルノアは若干低い声になり、顔をしかめた。
「ほら、毎日エリックと好きなところ伝え合っているでしょう。で、月末に恋心を抱けたか確認していて、それが今日だったのね。でねぇ…」
「・・・だなあ。」
エリックはどこか遠くを見るかのように視線を宙に向けた。
「・・・ねぇ。」
フェリシアもうつむき、はあと大きく息を吐いた。
「うん、これじゃあ美味しくご飯食べられないや。うん、気を取り直して来月頑張ろう!いただきます。」
フェリシアはパンをちぎってほばった。
「うーん、ふあふあで美味しい!」
「そうだな、次だな。」
エリックは紅茶を優雅にすすった。
ヴィルノアはしかめ面でボソッと何かを呟いたが周りには何も聞こえなかった。
「あのう、どうしてフェリシアはそんなに恋にこだわりますの?」
エリザベスは頬に手を当て首をかしげた。
「別に親が決めた婚約者ならお互い恋心なんて無いのが当たり前でしょう。ですから結婚して一緒に暮らすようになってから穏やかに育っていく親愛もあるのではないかしら。今、急がなくてもいつかは結婚するのですから、それから愛を育てていってもよろしいのではないかしら。」
「俺はさぁ、フェリシアは気の合う友人でいい奴だと思うから、俺みたいな王族としてはかなりラッキーな婚約だし結婚だと思うよ。王族なんて国の利益のために顔も知らない他国の姫や令嬢を娶ったり、婿入りさせられてもおかしくない。それを考えたらフェリシアとの婚約はかなり良心的だろう。でもなぁ、フェリシアはそれでは嫌だというんだ。」
エリックはスプーンを揺らしながらフェリシアに視線を向けた。
「だって、憧れなんだもの。お父様達や国王様達みたいな仲睦まじい夫婦になるの。小さい頃から大好きな物語でも王子様とお姫様が恋に落ち結婚するでしょう。その純愛に心打たれた神様が二人に赤ちゃんを授けてくれるの。それに多くの小説でも主人公達は恋をして幸せになるでしょう。」
フェリシアはだんだん恥ずかしくなり、視線を泳がせた。
「・・・恋をして、物語のような恋人同士の時間を過ごしてみたいの!」
絞り出すように言った後、フェリシアは恥ずかしさで死ねると、ぎゅっと手を握りしめうつむいた。
「意外にも乙女チックですねぇ」
オスカーはほうと感嘆の声を上げた。
「・・・うん」
フェリシアは恥ずかしさで顔を上げることができずにいた。
「まあ、フェリシアったら。夢見る乙女でしたのね。かわいいですわ。」
エリザベスはにっこり微笑んだ。
「ああ、フェリシアは誰より純粋で初心な乙女だと思う。」
シルビアは真顔で言い切った。
「いやぁ、エリック殿下と幼い頃から気が合って一緒に走り回っていたから、女性版殿下かと思ってましたよ。」
オスカーはパンを口に運びながら言った。
「サルじゃなかったんですねぇ」
「何それっ!」
キッとフェリシアはオスカーを睨んだ。
「先日、木の上で二人して大騒ぎしていたじゃないですか。」
決して食事の手を止めることなくオスカーは話し続けた。
「ずいぶん高い所から声をかけられました。」
「だってすごく気持ちがいい所なんだよ、あそこ」
「そうだな、風が気持ちいいんだよなぁ。」
エリックも同意する。
「ねぇ。」
「なぁ」
にこにこと二人は気の上の良さを語り合い始めた。シルビアは呆れ顔で二人を見た。
「本当に悪ガキ同士のようだ。これでは淡いロマンスなんて生まれないな。」
エリザベスもオスカーも激しく同意して、うんうんと首を振った。
「悪かったわねぇ、淑女らしくなくて!」
プイっと顔を背けたフェリシアは背けた先でヴィルノアと目が合った。
「僕はさ、木登り上手で元気なシアもかわいくてすきだよ。」
ヴィルノアはにっこり微笑んだ。
「うん、知ってる。」
フェリシアもにっこり微笑んだ。
「ノアは優しいよね。」
「うん、シア限定だけどね。」
「何それっ!」
二人はにっこり微笑みあった。
「あら…。」
エリザベスは頬に手を当て首をかしげた。その様子に気付いたシルビアはそっと唇に指を当て、静かに頷いた。
「まぁ…。」
エリザベスは小さく呟き、小さく頷いた。
二人のやり取りに気付いたエリックは苦笑いを浮かべた。
「分かりやすいよな…。」
エリザベスは頷いた。
「ええ、でもフェリシアは…。」
「ああ、気付いていないな。」
「なんで気付かないんですかねぇ。」
オスカーは呆れ顔でフェリシアを見た。
「フェリシアだからな。」
「そうですね、フェリシアですから。」
エリックとオスカーは頷き合う。
「フェリシアったら…」
エリザベスはふうと小さくため息をついた。
「あっ、今日の好きを伝えてなかったわ。反省会がショックで忘れてたわ。エリック、こんなダメな私に根気良く付き合ってくれてありがとう。大好きよ。」
フェリシアはエリックの方を向き、にっこり笑った。エリックは何とも言えない気まずい表情を浮かべ、しばらく沈黙していたが、ふうと一息吐いて言った。
「そうだな、フェリシアだもんな。俺、お前の鈍感で前向きな所が結構好きだ。」
「鈍感って誉め言葉だっけ?」
「ああ、この場合誉め言葉だな。その鈍感さを尊敬さえしている。」
「なんかよく分からないけど、ありがとう。」
フェリシアはにっこり笑った。
「無自覚な悪女ですねぇ。」とオスカー。
「ああ、さすがフェリシア。」とシルビア。
「フェリシアならありなのかしら…。」とエリザベス。
三人は顔を見合わせ、エリックとヴィルノアに同情した。




