26. 夏休み④ 出会い
「花冠?」
フェリシアの手元に今にも崩れそうなゆるゆるに編まれた花冠を見ながら、湖の畔に座り込んでいるフェリシアの横にヴィルノアは座った。
今日は先日買い求めた画材を使って、みんな思い思いに絵を描いていた。描いた絵は夕食後見せ合うことになっていた。
「うん、花冠を編んでみたの。」
「ははっ、シアって昔っから不器用だよね。」
今にも壊れそうな花冠はフェリシアの手の中でかろうじて形を保っている。
「そんなことないよ。」
フェリシアは頬を膨らませる。ヴィルノアは目を細め微笑んだ。
「ちょっと待っていて。」
ヴィルノアは色とりどりに咲く野の花からピンクと白と黄色の花を選び、きれいな花冠を作り上げた。
「うわぁ、かわいい!」
フェリシアは目を輝かせた。ヴィルノアは目を細め、微笑んだ。
「はい、お姫さま。」
ヴィルノアはフェリシアの頭に編み上げた花冠を乗せた。
「ふふっ、ありがとう。じゃぁこれは王子様に。」
フェリシアは自分の作った花冠をヴィルノアの頭に乗せた。
「ふふ、かわいいよノア。」
「そう?かわいいのはシアだよ。大好き。」
「ふふ、知ってる。」
フェリシアは花冠に手を当て笑った。
「あの二人仲がいいだろう。」
何となくフェリシア達を眺めていたエリザベスはびくっと肩を揺らした。振り向くとスケッチブックを抱えたエリックが立っていた。
エリザベスはフェリシア達から少し離れたところで花を描くために座り込んでいた。
「隣いいか?」
「ええ。」
エリザベスは微笑んだ。
「フェリシアと初めて出会った時からヴィルはあんな感じなんだ。」
エリックはエリザベスの隣に座り、話し始めた。
「すごいんだぞ、ヴィルは。初めてフェリシアと会ってフェリシアが挨拶をした瞬間に『好きです』って言ったんだ。」
エリックはどこか遠くを見て苦笑いを浮かべた。
「まぁ。」
エリザベスは頬に手を当て目を見張った。
「もっとすごいのはフェリシアでな、その告白を『未来の弟に好かれて嬉しい』って、姉として認めてもらえたって喜んだんだ。今もヴィルからの好意は姉に向ける兄弟愛だと思って疑わない。酷いよな。」
「そうですわね・・・。」
「エリザベスは人が恋に落ちる瞬間を見たことある?」
「・・・ないですわ。」
「そうだよな。そう易々と出会う機会はないよな。俺もヴィル以外見たことない。俺はこういった、恋愛とかそういったことに疎い方だと思う。そんな俺にも分かった。その場には母上、兄上、シアの兄と居たんだけど、ちょうど俺とフェリシアの婚約が整ったばかりでな。母上が困ったようにヴィルに俺たちの婚約を伝えたんだ。」
エリックはフェリシアとヴィルノアを目を細めて見た。
「ヴィルは呆然としてたな。しばらくしてフェリシアと今みたいに関わるようになっていったんだ、フェリシアが勘違いしてるのをいいことに、ね。ヴィルの気持ちがどこに向いているのか誰が見たって分かるのにな。」
「・・・えぇ。」
「分かってないのはフェリシアくらいだ。ヴィルもフェリシアだけには知られたくないようだから、それでいいんだろうな。」
エリザベスは苦笑いを浮かべ、エリックを見た。エリックも困ったように笑った。
「俺、その頃もフェリシアとは気の合う友達ってだけだったからさ、婚約そのものをヴィルに渡しても構わなかったんだ。でも家同士で決めたばかりで、どうにもならなかったんだ。俺も10歳のガキだったからな。」
「そうなんですの・・・。ヴィルノア殿下はフェリシアとエリックには幸せになってもらいたいと言ってましたわ。エリックが大好きだからって。」
「うん、そうなんだよね。俺もヴィルがかわいいんだ。ヴィルが小さい頃、体が弱かったって聞いた?」
「えぇ、殿下から聞きました。」
「小さい頃のヴィルはベットの上で過ごす方が多かったんだ。思うように動けないヴィルを不憫に思って、よくヴィルの部屋に行ったんだ。ヴィルは俺の話すとりとめのない話、家庭教師から教わったこととか、読んだ本の内容とかを最後まで聞いてくれて兄上はすごいとか言うんだよ。それが嬉しくて、ほら俺の兄上は何でもできるすごい人だろう。よく比べられてな。褒められることなんてなかったから、ヴィルにすごいって言われたのが嬉しくて。ヴィルにたくさん話せるように勉強とか頑張るようになったんだ。」
「殿下はそんなエリックに励まされたと言ってましたわ。」
「俺も兄上もヴィルがかわいくて大好きなんだ。」
エリックはにかっと笑った。エリザベスも柔らかく微笑んだ。
「大事な弟なんだ。」
「分かりますわ。」
「俺たちがヴィルの元を訪れていたけど、ヴィルは一向に良くならない体調に半ば諦めのようなものがあって、あの頃のヴィルは感情の揺れがないような子供だったんだ。無表情で生気のない目をしていた。そんなヴィルがフェリシアに会って変わった。熱で寝込んでいてはフェリシアと会えないと体を鍛え体力をつけ始めた。フェリシアに会えるからと図書室に行っては待ち時間の暇つぶしに片っ端から本を読んでいった。それが知識として身になっている。いざという時フェリシアを守りたいからと剣術も始めた。もう全ての行動がフェリシアが起点なんだ。俺たちが何を話しても自分から何かをしようとはしなかったのに、な。それに一番の変化はヴィルの笑顔が増えたことだな。」
エリックはフェリシアの隣で楽しそうに笑っているヴィルノアを眺めていた。
「すごいよな。フェリシアとの出会いがヴィルを変えたんだ。ずっと側にいた家族が何を言っても動こうとしなかったヴィルが、あの一瞬の出会いで変わったんだ。俺たち家族は・・・俺はフェリシアとの出会いにはかなわなかったんだな。」
寂しそうに笑うエリックにエリザベスは優しく微笑んだ。
「そんなことありませんわ。殿下はエリックがベットサイドに来てくれたことを優しいお顔で話されていました。そして大好きだから幸せになって欲しいって言ってましたわ。あとエリックは優しいとも。エリックの優しさは確実に伝わっていますわ。」
ふんわりと笑い話すエリザベスからエリックは目が離せなかった。
「優しい婚約者がいるフェリシアが羨ましいですわ。」
エリザベスは頬に手を当てふぅっと小さく息を吐いた。
「ありがとう、エリザベス。エリザベスならきっといい結婚相手に恵まれるよ。」
エリックはにかっとはにかんだように笑った。
エリザベスはチクリと胸の痛みを覚えたが気付かないように微笑み続けた。




