22. ヴィルノアという人③
シアはいつも僕の心を揺さぶるのが得意だ。
あの学園祭その最たるものだ。
猫耳といい、長いしっぽといい、ミニスカートといい、胸元の開き具合といい、『あーん』といい、カードにキスといい・・・思い出したらきりがない。
しかもあんなにシア人気が高いとは思わなかった。
シアはかわいい。世界で一番かわいい。それは世界の真理だけど、その真理は僕だからだと思っていた。食堂に来ていた男どもは皆『敵』だったんだね。
シアは自分がモテないとなぜだか思っている。だからシアファンの存在に気付いていない。シアらしいよね。そんなシアもかわいくて、大好きだって思う僕もたいがいだね。
シアの持つポテンシャルを最大限に活かしたのが、あの猫ちゃんカフェだとは思う。何にもしなくても普段からシアはかわいいのに、猫耳メイド姿はシアに対する新しい扉が開いたよね。閉じ込めて僕だけがかわいがる、僕とシアだけの世界・・・危ない思考に飲まれそうだ。
ただこの企画を止める権利が僕にはない。シアにそんなに肌を見せないでって、『あーん』は僕だけにしてって、キスをカードにするのも嫌だって、ましてやそのカードが他の男の手に渡るのも嫌だって、言いたいのに言える立場にないんだ。
なぜエリック兄上はあれらを許せるんだろう?婚約者なのに。まぁ、あの二人は婚約者同士というよりは親友といった感じで、友情はあっても恋情はないようだからね。そんなもんかな。
それでも婚約は婚約。学園を卒業したら結婚するんだよね。シアの手を取る権利も、キスをする権利も、肌に触れる権利も、全てはエリック兄上にあるんだよね。
どんなに願っても僕には手に入れることができない権利。それはシアに出会ったあの時から変わらない。そして変えられない。
分かっているということと感情はなかなかリンクしない。大抵感情が顔に出ることはないけど、シルビアには隠せない。シルビアはいつも僕のモヤっとした黒い思いを敏感に感じ取って、ガス抜きをしてくれる。姉のようなシルビアには僕も本音を隠していない。
今回もシアのにゃあと啼く特別をシルビアは見せてくれた。あれは姿絵にして残しておきたいかわいさだった。テレが一段とシアをかわいく見せた。ああ、絵師に描かせるのはダメだね。絵師はたいてい男だった。あのかわいさは僕だけが知っていればいい。
後夜祭もなぜか猫耳。僕まで猫耳をつけてシアとダンスをした。お揃いは初めてだ。シアは兄上の色のドレスを着ていたけど、僕の瞳も髪の色も兄上と同じだから僕カラーみたいだね。
婚約者ではないからファーストダンスは踊れない。兄上と楽しそうに踊るシアを見たくなくて、少し遅れて後夜祭に行った。情けないね。兄上の隣で笑うシアを見るのがつらいなんて。シアにはいつも幸せに笑っていてほしいんだけど、それであれば満足だったはずなんだけど、学園に入ってシアの傍に居られる時間が多くなって、かなわない我が儘がむくむくと湧き上がってくる。二人の寄り添う姿に早く慣れなければいけないのに、現実は・・・。
猫耳付けてシアと踊ったのは楽しかったな。しかもにゃあって、かわい過ぎっ!他の男共も見ていたかな?あぁ、あの時僕らと兄上達しか踊ってなかったから見てるか。シアに見惚れて、周りを見る余裕がなかったな。シアのファンが増えたよね。忘れよう、その事は。あの楽しかった時間を台無しにすることはないよね。
シアからシアの色のリボンをもらった。宝物が一つ増えた。髪、伸ばして良かったな。
前に叔父上が長く伸びた髪をかき上げる姿を見て、シアが『素敵・・・』って目をキラキラさせていたんだ。僕と叔父上は親戚だけあってどこか似ている。シアが長い髪がいいと思うなら僕も伸ばしてみようと思って伸ばしてみた。どれだけよく見られたいんだよって、思わなくもないけどいいんだ。下心たっぷりでもいいんだ。誰にも迷惑はかけないしね。
シアにお返しのリボンを贈る約束をした。何色がいいだろう。兄上も僕と同じカラーだから紺色のリボンに金糸でシアのようなマーガレットでも刺繍して贈ろうかな。使ってくれるといいな。
学園に入学してもう四ヶ月。シアの傍に前よりずっと多くいるけど、こんな時間もシアが卒業するまでだからあと二年ちょっと。卒業したらシアは兄上と結婚する。あと二年で僕は自分の気持ちを整理して、義弟として兄夫婦と付き合わなければならない。シアの幸せを少しだけ遠くから見守るんだ。
シアの手を取るのも、シアと口付けするのも、シアの肌に触れるのも、シアの寝顔を見るのも、シアと子供をなすのも、兄上であって、僕ではない。兄上とはいえ僕ではない男と幸せそうに笑うシアを見ていられるのか。
シアには幸せになって欲しいと心の底から願っているのに、僕ではない男と共にあることで得られる幸せであって欲しくないとも思うんだ。我が儘でなんて身勝手なんだろう。聞き分けのない子供のようだ。兄上は好きだし、尊敬もしている。だから兄上なら必ずシアを幸せにしてくれると信じている。それでも兄上ではなく僕がシアを幸せにしたいって思いが、心の中をまるで嵐のごとく渦巻いている。シアの傍に居れば居る程、その嵐は激しさを増していくんだ。そんな我が儘な想いは、すぐにでも消し去らないといけないのにね。




