130. ソルティア㉓ 目に毒
「フェリ、寒いのか?」
ジルベールはフェリシアがヴィルノアの上着を肩にかけてはおっているのに気付いた。
「いいえ、兄様。あっ、でも見て下さい。」
フェリシアは立ち上がりヴィルノアの上着の袖を通した。全体的にだぼだぼで、手は出ず、10㎝くらい余ってぶらんと垂れ下がっている。肩も下がり落ち、裾もお尻をすっぽり隠し、膝近くまできていた。フェリシアは口元で袖から出ないままの手を合わせ、言った。
「ねぇ、ノアってばいつの間にかこんなに大きくなっていたんです。」
三人の男性たちはじっとフェリシアを見た。
フェリシアは誰も何も言わず、じぃっと自分を見ているので袖の中に納まったままの手を頬にあて、首を傾げた。
「ええっと、何かおかしいですか?」
フェリシアは腰をひねって背中を見たり、手をバタバタしたり、無言の理由を探し始めた。
テオドールは口元を押さえて言った。
「ん-、これは目に毒だね。ヴィル君は喜ぶ、のかな?」
「ヴィルは間違いなく喜びますよ、兄上。」
エリックも口元を押さえ、頬をほんのり赤らめていた。
ノック音がし、テオドールが入室を許可すると、ヴィルノアとアゼリアが入ってきた。
フェリシアはヴィルノアに駆け寄ると、胸の前で袖の中に収めたままの手を合わせ、上目遣いでヴィルノアを見て言った。
「ノアの手紙見つかった?」
ヴィルノアはその場で体をこわばらせ、目を見開いて、フェリシアを見た。
フェリシアは首を傾げヴィルノアの顔を覗き込んだ。
「どうしたの、ノア?」
フェリシアは袖をブランブランとヴィルノアの顔の前で振った。
「おーい、ノア。」
ヴィルノアははっとした顔になって言った。
「シア、すぐ脱いで。」
「ん?」
「僕の上着すぐ脱いで。」
「う、うん。」
フェリシアはヴィルノアの上着を脱ぐと、ヴィルノアの後ろに立って、上着を広げて言った。
「貸してくれてありがとう。寒かったよね。はいっ、腕通して。」
「あっ、うん。」
ヴィルノアは言われるがまま上着に腕を通した。するとフェリシアは正面に回り上着のボタンを留めた。
一歩下がってフェリシアは言った。
「うん、完璧。」
ヴィルノアは棒立ちのまま、みるみる間に頬も耳も首も真っ赤に染め上げた。
テオドール達はその様子を見ていて首を傾げた。
「どうしたんだい、ヴィル君?」
ヴィルノアは口元を押さえ、顔を横にそむけた。
「・・・シアの体温が残っていて・・・シアのいい匂いがかすかに香ってきて・・・シアでいっぱいなんです。」
テオドールははっと目を見開き言った。
「どうしよう、ジル。私の弟がかわいい!」
エリックも頬をほんのり赤らめて言った。
「ヴィル、お前さっきまでさんざんフェリシアに好き放題しておいて、なんで上着一つで赤面するんだ。兄上、ヴィルがかわいい頃のヴィルになりました。」
ジルベールは呆れた顔で言った。
「はいはい、ヴィルノア殿下がかわいいのは分かりました。本当に仲がよろしい兄弟で。話を進めたいので、全員着席しましょうか。アゼリア嬢はこちらへ。」
ジルベールは全員をソファーに座らせると、手際よくお茶を手配し、人払いをした。
テオドールは一口お茶を口にすると話を始めた。
「ヴィル君、手紙はあったのかな?」
ヴィルノアは手紙の束をテーブルに置いた。
「これで全部です。」
「んー、見事に開封されているね。」
「あとシアの手紙もありました。」
ヴィルノアはもう一束の手紙を出した。
「侍女がこっそり隠し持っていました。捨てるのはおかしいのではと思ったそうです。でも王女に知られるとどんな罰を受けるか分からないのでこっそり隠しておいたそうです。」
「んー、分かり易く未開封でぐしゃぐしゃだね。あとでその侍女にも話を聞いた方がいいね。それにはアゼリア嬢も同席してもらえるかな?」
アゼリアはこくんと頷いた。
「これらの手紙は証拠として預からせてもらうよ。ああ、中を読むようなことはしないから安心してね。終わったらちゃんと返すからね。」
フェリシアとヴィルノアは頷いた。
「一通り証言も証拠も揃ったから、報告書ができ次第、正式に抗議させてもらうね。」
アゼリアは真っ直ぐテオドールを見た。
「妹の愚かな行為により、お手数をお掛けして申し訳ありません。よろしくお願いします。」
「それにしても姉妹でも随分違うものだね。あなたはこんなにも凛としていて王女の品格もあり、才女でもあるのに。」
「お褒め戴きありがとうございます。あの子は確かに血の繋がった妹で小さい頃は無邪気でかわいらしい子だったのです。それがいつからか思い通りにならないことがあると癇癪を起こすような子になって、周囲の者も手を焼くようになりました。でも最近では以前より落ち着いてきたように見えました。・・・いいえ、何を言っても言い訳でしかありませんね。フェリシア様には先程もあの子の暴言をお聞かせすることになり、本当に不愉快な思いをされましたよね。申し訳ありませんでした。」
アゼリアはフェリシアに体を向け頭を下げた。
フェリシアは顔を真っ赤にして首を横に振った。
エリックはふぅっと息を吐くと、わざとらしくごほんと咳払いをして言った。
「気になさらなくて、大丈夫ですよ。アゼリア王女も知る通り、フェリシアはそれどころじゃなかったんで。」
「ああ・・・。」
アゼリアは口元を押さえ頬を赤く染めた。
何かを察したテオドールはヴィルノアに尋ねた。
「ヴィル君、何をしたのかな?」
「シアにあの女の戯言を聞かせたくないのでシアの耳を両手で塞ぎました。」
「それで?」
「シアが何か言おうとしたのでついでに口も塞ぎました。」
ヴィルノアはそう言うと自身の唇に人差し指を当てた。
「両手がふさがっていたので。」
テオドールは額に手を当てふぅっと大きく息を吐いた。
「フェリシア、嫌なら拒絶していいんだからね。ヴィル君は・・・ほどほどにね。」
エリックは首を横に振った。
「無理ですよ、兄上。」
「だよねぇ。フェリシア、なんだかすまないね。」
「兄上、僕のシアに余計なこと言わないでください。」
スンとした顔で言った後、ヴィルノアはフェリシアの方を見て眉を下げ、叱られた子犬のような雰囲気で言った。
「嫌じゃないよね?シアも嫌じゃないよね?」
「・・・うん。」
フェリシアが思わずヴィルノアの頭を撫でると、ヴィルノアは嬉しそうに微笑んだ。
「良かった。シア、大好き。」
「うん。知ってる。」
ヴィルノアは気持ちよさげに、目を細めた。
「あざといよな。」
エリックは苦笑いを浮かべた。
「フェリシアも絆されているねぇ。」
テオドールはフェリシアを憐れむように見た。
「殿下にはもう一度行って聞かさないと。婚前の男女の在り方はどのようなものか。」
ブツブツと言いながらジルベールは眉間にしわを寄せた。
「まぁ!」
合間合間にジルベールからフェリシアとヴィルノアの婚約の経緯を聞いたアゼリアは、目をキラキラさせて二人を見ていた。




