114. ソルティア⑦ 怒りの原因
「やっぱりここに居たか。」
エリックは裏庭のベンチの腰かけるフェリシアを見つけて声を掛けた。
「隣座っていいか?」
「・・・うん。」
フェリシアが少し端に詰めると、エリックは座った。
「頬、大丈夫か?これ使っとけ。」
エリックは濡れたタオルを差し出した。シルビア達が借りてきたものだった。
「うん。ありがとう。」
フェリシアはタオルを受け取り頬に当てた。
「お前、ここ好きだな。」
「・・・静かで落ち着くの。」
「そうだな。」
暫く二人は言葉を交わすことはなく、ただただ座って、風に揺れる木の葉を見ていた。
授業は既に始まり、二人以外の人気が消えた頃、エリックは口を開いた。
「気持ちは落ち着いたか?」
「んーまだ駄目かな。」
「そうか。まぁ、すぐには無理だよな。久々に見たぞ、お前がそんなに怒るとこ。」
「ふふっ、私もまだまだ子供ね。自分の感情のままに振舞ってしまうなんて・・・エリックに指摘されるなんて、そんなにひどく表に出てたのね。」
「いやぁ、そうでもない。最初はそう、怒ってもいなかっただろう。どちらかと言えば落ち込んでいたよな。何にそんなに怒ったんだ?」
「ん-、まずはエリックとエリザベスのことを知りもしないくせに馬鹿にしたことかな。私がエリックをエリザベスにくれてやったって言っていたでしょう。私は嬉しかったんだよ。エリックとエリザベスの想いが通じ合って、婚約できたのが、とても嬉しかったの。大好きな二人が幸せになれるって、本当に喜んだの。それなのに・・・くれてやったって何なの。」
「ああ、あれは俺もキレた。エリザベスもかなり怒っていたな。隣から冷気というか殺気というか、黒い何かを感じた。」
エリックは思い出し身震いをし、苦笑いを浮かべた。
「お前は俺をくれてやったわけではないよな。兄上達が俺らの間に起きていたねじれを直してくれただけだ。しかも、俺たちの気持ちを最大限に汲んでくれた結果が俺とエリザベスの婚約であり、フェリシアとヴィルの婚約だよな。」
「うん。私もノアと婚約できてよかったんだ。全員にとって良かったんだよね。」
「そうだよな。あいつ何勘違いしてるんだろうな。」
「都合のいいことしか聞こえない耳なのか、悪意を持って誰かに吹き込まれたのか・・・いずれにしても短慮なことには変わりないよね。」
「お前も言うよなぁ。さっきもフェリシアにしてはきつい物言いだったよな。」
「ちょっとね、言葉選べるほど精神状態が良くなかったんだよね。うーん、八つ当たり、かな。」
「はは、あれぐらい、いいんじゃないか?」
「そうかなぁ。外交のこと考えたらもう少し、ねぇ。大人げなかったね。」
「俺たちまだ17歳だし、そんなに何もかも大人にはなりきれないよ。それに、あの王女にはそんな気遣い無用じゃないか?あいつ、王女のくせに何も考えていないだろう。」
「そう言ってもらえるとちょっと救われるよ。」
「あとは何に怒っていたんだ。」
「んー、ノアをモノみたいに言ったことかな。」
「ああ、言っていたな。あの王女はヴィルの気持ちが自分に向いているとも言っていたけど、それはいいのか?」
「うん。そんなことありえないもん。」
「うわぁ、すごい自信だな。まぁ、日頃のヴィルを見ていたら、フェリシアへの気持ちを疑うやつはいないよな。」
「うん。そこは疑っていないよ。」
「その割に、お前、ここの所元気がなかったじゃないか。」
「はは、そうだね。ノアの気持ちは疑ってないよ。だからこそ、私ね、ノアは何でも話してくれるって思っていたんだ。それなのに、この二週間、何も言ってくれなかったでしょう。会いに来てもくれないし、手紙を書いても返事がないし・・・ノアらしくなくて変だなって思ったんだけど、それ以上に何も行動を起こさないノアに・・・イラっとしたの。勝手だよね。自分はノアをほったらかしにするくせに、ノアにほったらかしにされるのは嫌なんて。それに心のどこかでノアは一日でも私から離れるの嫌がる人だって思っていたの。ノアの気持ちの上に胡坐をかいていたんだ。己惚れてたの。ノアに誰よりも好かれてるって。もう、このことに気付いたら、自分が恥ずかしくて・・・半端なく自己嫌悪で・・・夜とかよく眠れなくなっちゃったんだ。」
フェリシアは頭を抱えた。
エリックは最初驚いたように目を見開いたが、すぐに優しい微笑みを浮かべた。
「それで元気がなかったんだ。」
「うん。」
「好きなんだな。」
「・・・うん。大好き。」
「会いたかったんだ。」
「・・・うん。今なら分かるよ。ただノアに会いたかったんだって。」
「素直だな。」
「うん。王女に言いたいこと言えて少しすっきりしたし、エリックと話をして頭が整理できたから。」
「あんなんでいいのか?もっと言っても良かったんじゃないか?」
「ふふ、あれ以上言ったら外交問題になっちゃうよ。」
「それを言う割には結構言っていたよな。しかも、わざと平手打ちを受ける流れを作っただろう?」
「ふふ、分かった?あの人、語彙が乏しいし頭の回転も遅いから、ちょっと追いこまれると簡単に手が出そうだなって思ったんだよね。」
「ああ、結構いい音させてたな。目撃者が沢山いるな。」
「うん。あんな理不尽なこと言われて、誰かに握り潰されたりして、なかったことにされたら嫌だもの。あの王女にはそれ相応の報いを受けてもらわないとね。」
「フェリシア、お前、時々怖いな。」
「そう?私の性格が悪いだけよ。」
「そんなことないさ。お前はいい奴だ。」
「ふふ、ありがとう、エリック。大好きよ。」
いつものように穏やかに微笑むフェリシアに、エリックはほっと胸を撫で下ろした。
「いいのか、そんなこと言って。ヴィルが妬くぞ。」
「いないからいいんじゃない?」
「まぁ、そうだな。俺もフェリシアのそういうところが好きだな。」
「ふふ、ちょっと前まではこうやって言い合っていたのよね。」
「そうだな。お前は今やヴィルに夢中だもんな。分からないものだな。」
「そういうエリックこそ。あっ、私を追ってきちゃって、大丈夫なの?エリザベスが嫌な思いしない?」
「大丈夫。ちゃんと彼女には許しを得てきた。ほっとけないだろう。フェリシアは大事な友達なんだから。」
「ありがとう、エリック。あとでエリザベスにもお礼を言わないとだね。」
フェリシアはにっこり微笑んだ。




