109. ソルティア② お願い
「この方がフェリシア様ですわ。ソルティア様。」
右端に立つ、栗毛の長い髪をハーフアップにした少女が言った。
すると中央に立つ波打つ赤毛に釣り目の少女はフェリシアを上から下まで見定めるように見た後、フンっと鼻を鳴らし言った。
「この方ですの、噂に聞くヴィルノア様の婚約者、というのは。」
「ええ、そうですわ。」
左端に立つ、長い黒髪の少女が頷いた。
赤毛の少女は目を細め、フェリシアを見下ろした。
その不躾な態度にフェリシアと一緒にテーブルを囲んでいたエリック達は不愉快に思い、訝しげな眼で少女を見た。
フェリシアは何も気にしていない様子で、というより先程までの無表情のまま言った。
「何か御用ですか?」
赤毛の少女はフンっと鼻を再度鳴らし、高圧的に言葉を発した。
「わたくし、あなたにお願いがあってきましたの。」
「お願い?私にですか?私の記憶が正しければあなた様とは初対面かと思うのですが・・・どこかでお会いしましたか?」
フェリシアは首を傾げた。
赤毛の少女はキっと目を吊り上げ言った。
「ええ、そうですわね。こうして面と向かってお会いするのは初めてですわ。でもぉ、わたくしのことはご存じではなくて?ヴィルノア様と懇意にさせて頂いておりますので。」
首を傾げるフェリシアを見て勝ち誇ったような笑みを浮かべ赤毛の少女は話を続けた。
「あら、聞いておりませんこと?ああ、ヴィルノア様は常にわたくしと一緒に居ましたから、あなたと話す暇などございませんでしたわね。知らなくて当然でしたわ。」
「ああ、ノアの知合いですか。」
のんびりと見える様子で返すフェリシアに赤毛の少女はイラっとした顔をした。
「ええ、そうですの。わたくし、カルマ王国第二王女のソルティアと言いますの。今期からこの学園に留学しておりますの。ヴィルノア様と同じクラスでとてもよくして頂いておりますのよ。」
「あら、ノアのクラスメイトですか。私はスカイ公爵家が長女のフェリシアです。お初にお目にかかります。それで、私にお願いとはどういったことでしょうか?」
フェリシアは立ち上がり自己紹介をするときれいな礼をした。
淡々と返すフェリシアに赤毛の少女、ソルティアは気に入らなかったらしく、いよいよ高飛車な態度で言った。
「ええ、ええ、そうですわ。あなたにお願いがありますの。ヴィルノア様との婚約をすぐに解消して、私に彼を頂けませんこと。お分かり頂けますわよね。」
「なぜでしょう?仰っている意味が分かりかねます。」
「ああ、お分かりにならないなんて・・・随分残念な頭ですのね。先程も言いましたがヴィルノア様とは懇意にさせて頂いておりますのよ。あなたの耳にも届いているのではなくて?ですから、ねぇ、お分かりになりますでしょう。」
エリックが席を立って何かを言おうとしたが、フェリシアは目で制した。エリックが渋々腰を下ろしたのを確認すると、フェリシアは言った。
「それがなぜ、婚約の解消という話になるか分かりかねます。ノアとの婚約は王家からの申し出があり、整った物です。スカイ公爵家と王家との間の話なのはノアと懇意にしているならご存じですよね。
つまり、私に何か言っても無駄なのです。もし婚約の解消について何かものを申したいというのであれば、カルマ王国王家及びそう言った事案を司る方から正式な文書で我が王国にお申し出すべきです。
ああ、失礼しました。そのようなことお分かりですよね。」
ソルティアは顔を真っ赤にし目を吊り上げ、フェリシアを睨んだ。
「ええ、そんなことは分かっておりますわ!わたくしは親切心であなたにお願いしに来ましたのよ。急にヴィルノア様を取られてはあなたがお辛いのではないかと思いましたのよ。
まぁ、先の婚約者をポイっと他国の王女にくれてやれる方ですものねぇ。王子との婚約でしたのにねぇ。そんなあなたでも、惜しくなりますよね。ヴィルノア様をわたくしにくれたら、後がございませんものね。」
「あら、親切心でしたの。気付きませんでしたわ。お気遣いいただきありがとうございます。先程も確認させていただきました通り、カルマ王国からの正式な申し出が先ですよね。もちろんお分かりですよね。」
「まぁ、御自分ではヴィルノア様の心を取り戻せないからそんなことを言いますのね。見苦しいですわ。わたくし、王女ですの。カルマ王国の王女との婚姻はあなたの国にとっても喜ばしいことでしょう。正式な申し出の結果なんて言わなくてもお分かりになるのではなくて。実際、一人目の婚約者とはそれが理由で捨てられた・・・あら、失礼しましたわ、あなたがくれてやったのですわね。わたくしが留学してから、あなたは現在の婚約者、ヴィルノア様から放っておかれているのでしたわね。おかわいそうに。わたくしの魅力の虜になっている彼を見るのはお辛いことでしょうに。婚約を解消なさって、気を楽にされればよいと思いますのよ。」
ソルティアは口角を意地悪く釣り上げた。
フェリシアは無表情のまま、ふぅっと小さく息を吐いてから言った。
「先程から言っておりますが、私とノアの婚約は家同士のことなんです。ですからしかるべき手順が必要なんですよ。それは、他国の王女様が関わることであっても同じです。お分かりですか?」
「ふふっ、王女のわたくしがいるのです。手順だのなんだの言って、悪あがきにしか聞こえませんわぁ。新たにわたくしとヴィルノア様が婚約するのがいいに決まっておりますでしょう。簡単なことですわぁ。そんなこともお分かりにならないなんて、ふふ、それとも負け惜しみですわね、みっともない。」
フェリシアはふぅっとまた息を吐いて言った。
「簡単ならどんなに良かったか・・・。そうでしたね、あなたは王女様でした。すっかり忘れていましたわ。
でも仕方ありませんよね。
私の知る他国の王女は外見が美しいだけではなく、聡明で慎み深く、国の為、友人の為、己を殺せるようなそんな内面も美しい方です。ですから・・・ねぇ。王女というのはその国の貴族女性のトップにある方ですよね。まさかそんな方が外交に関わる王族の婚姻に関して軽々しく発言をされるなんて・・・ありえませんよね。少なくとも私の知る他国の王女様でしたら、そんなことは言いませんね。王女様がまさか、ねぇ、こんな貴族なら誰もが知る常識を無視なさるなんて思いませんでしょう。あなた様もそう思いますでしょう。」
ソルティアは顔を真っ赤にしてきっと目を吊り上げフェリシアを睨むと、声を荒げて言った。
「わたくしを馬鹿にしますの!ヴィルノア様を取られたからと言って、王女の私の言うことに逆らいますの!」
フェリシアは無表情のまま淡々と言葉を発した。
「まさか、馬鹿になんてしておりません。私とあなた様との間でどうこうできることではないと申し上げているのです。私たちは貴族です。婚約するも解消するも簡単にできることではないのです。まして王家が関われば、尚更です。お分かりでしょう、王女様というお立場でしたら。それに発言は慎重にされるものですよね、王女様でしたら尚更のこと。あら、失礼しました。ソルティア様も王女様でしたね。こんな誰もが聞いてしまえる食堂で、家同士の婚姻に関わることだけではなく、ノアをくれだなんて下世話なこと仰るものですから、忘れてしまっても仕方がないですよね。」
ソルティアは強くフェリシアを睨みつけながら、両手を強く握りしめ、ますます高圧的に言った。
「わたくしを誰だと思ってますの!カルマ王国の王女ですのよ!いい加減にしなさい!!」
フェリシアはふぅっと三度目の息を吐いた。
「馬鹿になどしておりません。あなた様が王女なのは知っています。そう、王女様なんですよね。正式な文書で国同士、もしくは家同士の話し合いが必要だという確認など必要ありませんでしたね。あまりに知らないのでは、と思われる物言いでしたので、ついつい言ってしまいました。お気に障ったのでしたら失礼しました。ああ、でも、失礼ついでにもう一つよろしいでしょうか?」




