101. 誕生日⑦ おはよう
「フェリシア。起きなさい。フェリシア。帰るよ。」
フェリシアは体を揺さぶられ、まだ重い瞼を持ち上げた。肩にはジルベールの手が置かれ、目の前には覗き込む不機嫌そうな顔のジルベールがいた。
「あれ?兄様・・・おはようございます。」
「おはようじゃないよ。今はもう夕方だよ。目を覚ましなさい。」
「んー、朝じゃない・・・えっと、ここは・・・首痛っ、えっと、温室?あっ、私、寝てた?本読みながら寝ちゃったんだ!うわぁ、いい所だったのにぃ・・・。」
フェリシアは悔しそうに言った。
ジルベールは呆れ顔でフェリシアを見ると、大きなため息を一つついて言った。
「うん、目が覚めたようだね。本を読んでいたのも分かった。でだ、フェリの膝の上になぜヴィルノア殿下がいるのか説明してもらえるかな?」
ジルベールは一見にっこりと微笑んでいたが、目が全く笑っていなかった。
「あっ、これ本寝入りだね。」
テオドールはフェリシアの前にしゃがみこみ、ヴィルノアの頬を親指でつついた。
「ヴィル君、良く寝ているね。気持ちよさそうだ。うーん、寝顔は天使だねぇ。」
「あっ、テオ兄様、おはようございます。」
「ん、おはよう。フェリシアも良く寝ていたね。」
「はい。すっきりしました。」
「そうか。それは良かったね。で、ヴィル君はいつからこうなのかな?」
「んー、ランチ食べて、そのあと温室のお花を見て・・・その後からです。今何時ですか?」
「もう終業時刻を過ぎているね。」
「えっ、嘘。うわぁ、暗くなってきているぅ。すごい寝ちゃったぁ。兄様が仕事が終わったらお迎えに来てくれるって・・・ああ、もうそんな時間なんだ。兄様お疲れ様です。」
おたおたと状況を整理しているフェリシアを呆れ顔で見ていたジルベールは言った。
「そうだ。帰るぞ、フェリシア。だが、その前にこれはどういった状況なのかを聞いている。」
「これ?あっ、ノアのこと?」
「そうだ。何で殿下がフェリの膝の上で寝ているんだ。」
ジルベールは微笑みつつ、額に怒りマークが見えるといった顔をしていた。
「えーと、ノアがシア不足で不眠になっていると言っていて、目の下に隈もあって、今日はゆっくり休むようにお昼寝をさせた、その結果ここで寝ている、です。」
「そうか殿下が寝ている理由は分かった。俺は、なぜ殿下はフェリの膝の上に頭を乗せているのか、と聞いているのだが。」
「枕がないと寝辛くないですか?」
「そうじゃないだろう。フェリシア、まだお前は結婚前だろう。結婚前の未婚の男女として適正な距離を考えなさいと言っているんだ。これは近過ぎるだろう。もう少し距離を取りなさい。」
「はは、定期考査の結果発表で、公衆の面前でキスをしているんだ。今更じゃない。」
テオドールはヴィルノアの頬をつつきながら言った。
「しかもフェリシアからだったって言うじゃない。」
「うわぁぁぁ、何で知っているんですか?」
「多くの者が見ている前だったんだよ。学園に通うものならみんな知っているよ。なぁ、ジルも知っているよな?」
「・・・ええ。そのことについて、フェリとゆっくり話をしなければと思っていたところです。」
ジルベールは怒ると言葉遣いが丁寧になるらしい。
「ジルは固いなぁ。ねぇ、フェリシアからキスしたんでしょう?珍しいよね、フェリシアがそんな積極的なの。なんかあった?」
フェリシアは真っ赤になった顔を両手で覆った。
「~~~~~恥ずかしいぃぃぃ。あっ、あれは、ノアがご褒美に頂戴って。定期考査で一位取ったらご褒美が欲しいって言って、一位なんてすごいことだからいいよって言って・・・そうしたら満点で一位なんてすごくて・・・何をご褒美で欲しいのか聞いたら、口にキスしてほしいって・・・だから、その、ノアが頑張ったならいいかなって・・・キスしたの・・・。」
最後は消え入りそうな声でフェリシアは言った。
ジルベールからは冷ややかな空気が漂ってきていた。
「んー、確信犯だね。そんなにフェリシアとキスしたかったのかなぁ。面倒なこと嫌いなのにね。」
「確信犯ですね。定期考査なんてヴィルノア殿下の敵ではないでしょうに。」
「うん。そうだよねぇ。気分屋さんだから、気がのらないとちゃんとテスト受けないんだよねぇ。でも、よっぽどご褒美欲しかったんだねぇ。」
「兄様?満点取るってすごいですよね?」
フェリシアは二人の会話を聞きながら首を傾げた。
「ノアは頑張ったんですよね?」
兄二人は顔を見合わせて、苦笑した。
「そうだね。全部回答欄を埋めるってことは頑張ったんだろうね。」
「ええ、それだけですね。」
「?ノアのあの結果はだめですか?」
フェリシアは更に困惑した顔をして聞いた。
「いや、ダメではないね。フェリシア、これからもちゃんとテストに向き合うように、ヴィル君を説得してね。学園側も喜ぶよ。」
「説得はいいですね。でも、ご褒美のキスっていうのはだめだ。フェリは未婚の令嬢なんだ。分かるね?人前でキスなんてもってのほかだ。」
「ジル、人前じゃなければいいのかい?ご褒美がないとヴィル君のことだ。また適当にやるよ。」
「何もキスじゃなくてもいいでしょう。」
「ヴィル君が欲しいのはキスなんだから仕方ないでしょう。それ以上じゃないあたり、初心だよねぇ。初恋って感じだよねぇ。ほら、ヴィル君、長いこと初恋をこじらせてるから、今ウキウキなんだよね。でもキスで止めとくようには言っておこうかな。まだヴィル君が結婚するまで少なくとも4年くらいあるよね。ああ、もっとか。結婚前に、なんてことで子供出来ちゃったら、きっと困るよねぇ、いろいろと。」
「キスもダメです。それ以上なんてもってのほかです。ありえません。フェリは学生です。で、フェリは俺のかわいい妹だ。まだ、他の男の物になるのは早い。」
「うん、最後のが本音だね。ん-、でもね、ヴィル君なら大丈夫だと思うよ。昔っからフェリシアしか見てないし、何かあっても責任を取るだろうね。よそ見なんてしないから、喜んで責任取ってフェリシアを嫁にするだろうね。むしろ、フェリシアとの結婚までの最短コースくらいに思うかもね。」
にこにこ話すテオドールを見て、ジルベールは青ざめた。
「お前の弟だ。なんとかしろ。フェリシアに手を出させるな。」
「確かに弟だね。しかも、かわいい、弟だ。好きにさせてやりたいところだけど・・・そんな怖い顔するなよ。自重するようにはいっておこうかな。」
「きつく、確かに言ってくれ。」
「仕方ないなぁ。まぁ、私にとってもフェリシアはかわいい妹だからね。彼女が傷つくのも本意ではないよね。ジルの心の平穏の為にも、一回釘を刺しておこうかな。」
「よろしく頼む。」
ジルベールはまだむすっとした顔のままだった。テオドールはにっこり微笑んで言った。
「まぁ、想い合う二人にあんまり野暮なことは言いたくないよね。そう思わないかい、フェリシア?」
フェリシアは更に顔を赤く染めて言った。
「私はゆっくりがいいです・・・恋に不慣れなので・・・。」
テオドールはフェリシアの言葉を聞いて目を細め、優しく微笑んで言った。
「うん、分かった。じゃぁ、そろそろヴィル君、起こしてくれるかな?」




