100. 誕生日⑥ お昼寝
「あまり寝ていないよね。」
フェリシアはヴィルノアな目の下を指先で撫でた。薄っすらだがヴィルノアの目元に隈ができていた。
「・・・シアに会えない日が続いて、シア不足でここ何日か寝ていない。寝れないんだ。」
「シア不足って前にも言っていたけど、まだ一週間だよ。今までだってそれ位よくあったでしょう。学園に通っている間はいいけど、私が卒業したらどうするの?私、ノアより二年早く卒業するんだよ。卒業したら会わない日なんてたくさんあるよね。その度に不眠になっていたら体壊しちゃうよ。会わないくらいで眠れなくならないで。」
「うーん、僕にもどうにもならないんだ。婚約前はさ、シアは兄上のシアだったから会えないのが普通で、会いたいなんて言える立場になかったでしょう。だから抑えというか諦めというか、まぁそういうものがあったんだよ。逆に会えた時は嬉しくて眠れなかったんだ。でも今はシアは僕の婚約者で、僕のこと好きって言ってくれた。シアが恋人になったんだ。いつでも会いたくて会いたくて会いたくて、とにかく会って一緒に居たくて・・・分かる?会いたいって堂々と言えて、それを誰にも咎められる立場じゃないんだよ。もう、我慢しなくてもいいんだって思ったら会いたい気持ちを押さえられなくて。それなのに会えないと、モヤモヤしてイライラして眠気が来ないんだ。眠くないから、本を読んだりしてると朝が来ているんだ。」
「・・・ありがとう。そんなに想われていて嬉しいよ。でも、ちゃんと寝て。」
「シアに会えた日はちゃんと寝ているよ。」
「会えなくても寝て。」
「うん、寝る努力はしてみるよ。でも・・・多分無理。」
「だめだよ。体壊しちゃうよ。駄目だよ。ノアは小さい頃体弱くてベットの住人だったじゃない。最近は元気にしているけど、また逆戻りしてベットに縛られる生活になっちゃうよ。そんなの嫌だよ。駄目だよ。ちゃんと寝て。ねっ。」
フェリシアは目に涙を溜めて今にも泣き出しそうな顔になり、胸元で手をぎゅっと握りしめた。
「シアは優しいね。」
「そうじゃない。心配なの。」
「大丈夫だよ。」
「だめ。もう今日はこの後ノアはお昼寝ね。分かった?」
フェリシアはヴィルノアの手をぐいぐい引き、ソファーに向かった。そしてヴィルノアをソファーに座らせると少し離れたところにフェリシアも座り、自身の膝をポンポンと叩いた。
「はい、寝て。」
ヴィルノアはぽかんとした顔をした後、嬉しそうに目を細めた。
「いいの?これって、シアが膝枕をしてくれるってことだよね?」
「うん。そうだよ。ほらっ、ころんっ。」
フェリシアは再び自身の太腿をポンポンと叩いた。
ヴィルノアはフェリシアの太腿の上に自身の頭をゆっくり落とすとソファーの上に足を乗せ仰向けに寝転んだ。そして目を細め、頬を少し赤らめ、フェリシアの頬に手を伸ばした。フェリシアはその手を掴み、ヴィルノアの胸の上に置いた。
「ほら、大人しく寝なさい。」
「・・・何だか寝るのもったいない。」
「だめよ。いい子だから寝なさい。ね。」
フェリシアはそう言うとヴィルノアの頭を撫でた。
「おやすみ、ノア。はい、目を瞑ってね。」
「うーん、もっとシアを見ていたいよ。こんな角度で見るシアも初めてで、いいよね。それにこの枕、温かくて柔らかいよ・・・気持ちいい。やっぱり寝るのもったいないと思わない?」
「うん、思わない。寝ないなら膝枕止めるよ。いい?」
「だめ!・・・おやすみなさい。」
「いい子ね。おやすみ、ノア。」
ヴィルノアが目を瞑るとフェリシアはヴィルノアの頭を優しく撫でながら、王国に古くから歌われ続けている童謡を口遊み始めた。初めは呟くように歌っていたが、興がのってきたのかだんだんと声も大きくなり最後は温室中に響いていた。
ヴィルノアは最初は寝たふりでもしようと考えていた。だがフェリシアに頭を撫でられるのが思いのほか気持ちよく、また歌声に耳を傾けているうちに静かに忍び寄ってきた睡魔が優しい眠りへとヴィルノアを誘った。フェリシアが三番を歌い始めるころには静かな寝息が聞こえてきた。
「ふふ、やっぱり無理をしていたのね。」
フェリシアは頭を撫でる手を止め、目を細め微笑んだ。そして囁いた。
「おやすみ、ノア。いい夢を見てね。」
すると侍従がひざ掛けを持って静かにフェリシアの元にやってきた。
「こちらをお掛けしてもよろしいですか。温室とはいえ冷えますので。」
「はい。ありがとうございます。お願いします。」
侍従はヴィルノアにひざ掛けを掛けると、フェリシアに向かい聞いた。
「フェリシア様、御本でもお持ちしましょうか?」
「うわぁ、ありがとうございます。当分ノアも起きそうにないから何をしようかなって、思っていたんです。」
「それでは若いお嬢様方に人気の本を数冊お持ちいたします。しばらくお待ちください。」
そう言うと侍従は振り向き控えていた侍女に目配せをした。侍女たちは頷くと、フェリシアの脇に小さなテーブルを持ってきて、その上に数冊の本と紅茶とお菓子を用意した。本は、若い女性の間で人気の恋愛小説や冒険譚だった。
「それではごゆっくりお過ごしください。また何か御用の際にはこちらのベルを鳴らしお知らせください。」
侍従と侍女たちは一礼をして下がって行った。
フェリシアは恋愛小説を一冊手に取ると読み始めた。時々読むのを止めて、ヴィルノアの寝顔を見てほっこりした。
「こういう時間も悪くないわね。」
そう言うとヴィルノアの頭をしばらく撫で、再び本を読み始めた。




