第6話 元婚約者は静かにしてください
――しかし、当のノアは。
「皆様」
ノアは、にこにこと微笑んだ。
「最近、私、ハマっていることがあるんです」
令嬢たちが顔を見合わせる。
「何ですの?」
「刺繍とかです?」
「お菓子作りとか?」
ノアは首を振った。
「そんなことではありませんわ」
少し身を乗り出す。
「もっと楽しいことです」
「何でしょう?」
「気になりますわ」
ノアは楽しそうに言った。
「推し活です」
「推し活?」
令嬢たちは、きょとんとした。
ノアは胸の前で手を組む。
「イケメンを見るんです」
「……」
令嬢たちが固まる。
ノアは気にせず続けた。
「格好いい殿方を見て、応援するんです」
「応援……?」
「殿方を?」
「ええ」
ノアはうなずいた。
「例えば騎士団」
「皆様、とても格好いいですわ」
「確かに……」
「騎士様は素敵ですわね」
ノアはさらに続ける。
「しかも、手を振ると振り返してくださるんです」
「えっ」
「とても楽しいですわ」
「それは……」
「面白そうですわね」
ノアは満面の笑みを浮かべた。
「でしょう?」
「皆様も一緒にやりません?」
令嬢たちは顔を見合わせる。
そして――
「……やりますわ」
「楽しそうですもの」
「推し活……!」
ノアは嬉しそうに笑った。
「決まりですわね」
「それでは今度、騎士団へ行きましょう」
***
「きゃーーー!」
ノアは柵の前で元気よく手を振っていた。
「さあ、皆様も!」
令嬢たちが戸惑う。
「こ、こうですの?」
「そうですわ!」
ノアがぶんぶん手を振る。
「騎士様ーー!」
騎士団が気づいた。
「エレノア様ーー!」
手を振り返してくれる。
令嬢たちがざわついた。
「本当ですわ……!」
「振り返してくださいました……!」
ノアは楽しそうだった。
「ルーカス様ーー!」
「格好いいーー!」
騎士団の中から声が上がる。
「ルーカス、呼ばれてるぞ」
「早く手を振ってあげろよ」
ルーカスはびくっと肩を震わせた。
「え……いや……」
「ほら!」
背中を押される。
ルーカスは真っ赤になりながら、ぎこちなく手を振った。
令嬢たちが一斉に声を上げる。
「素敵……!」
「格好いいですわ……!」
「騎士様って、こんなに格好いいのね……!」
皆も一緒になって手を振り始めた。
「頑張ってくださーい!」
「応援してます!」
騎士団がざわつく。
「増えた」
「令嬢増えてる」
「なんか嬉しいな」
「応援されるっていいな」
騎士たちも、まんざらではない様子だった。
そのとき――入口の方から声が響いた。
「ノアーー!」
騎士団が静まり返る。
令嬢たちも固まった。
ノアは振り向き、そして一言。
「げ」
「エレノア様、殿下がいらっしゃいましたわ」
ノアは真顔で言った。
「邪魔なので、無視してください」
「えっ」
「聞こえてるぞ!」
王子の声が飛ぶ。
しかしノアは気にしない。
「ルーカス様、頑張ってーー!」
元気いっぱいに手を振る。
完全に王子を無視していた。
「ノア、やめろ」
王子が近づいてくる。
ノアはちらりと見るだけだった。
「元婚約者は退散してください」
「私たち、推し活していますので」
令嬢たちもこくこくとうなずく。
「邪魔ですわ」
「……」
王子が固まる。
ノアはふっと息を吐いた。
「私、アレクの顔色を見て生活するの、もう嫌なんです」
周囲が静かになった。
ノアはまっすぐ前を向く。
「自由に生きたいわ」
「自由……」
令嬢の一人がぽつりとつぶやく。
「確かに、殿下の婚約者って大変そうですものね」
「顔色を見て生活するなんて、嫌ですわ」
「エレノア様、さすがですわ!」
「私も自由に生きたいですわ!」
「推し活、楽しそうですものね!」
ノアは嬉しそうに笑った。
「でしょう?」
そして再び手を振る。
「ルーカス様ーー!」
「おおーー!」
騎士団が盛り上がる。
王子は頭を抱えた。
「……なんでこうなるんだ」
そしてノアをまっすぐ見つめる。
「でも」
「俺はまだ婚約者だ」
「婚約破棄はしていない」
令嬢たちがざわついた。
王子はさらに続ける。
「絶対に」
「誰にも渡さない」
「おお……」
騎士団からどよめきが漏れる。
ルーカスは複雑そうな顔をしていた。
ノアはため息をつく。
「だから、清楚系ヒロインと仲良くしていればいいでしょう」
「……」
王子は真顔だった。
「ノア」
「お前が清楚系ヒロインだろう」
「え?」
令嬢たちが固まる。
騎士団も固まる。
ノアは真顔だった。
「は?」
一瞬、静寂が落ちる。
「冗談も大概にしてください」
「冗談じゃない」
「私が清楚?」
「ないわ」
「なんでだ」
ノアは腕を組んだ。
「私、推し活してますよ」
「騎士団に通ってますよ」
「イケメンに手を振ってますよ」
「清楚じゃないでしょう」
「確かに」
令嬢たちとうっかり騎士団まで頷いた。
王子は真顔だった。
「いや」
「かわいい」
「話になりませんね」
ノアはまた手を振る。
「ルーカス様ーー!」
「……!」
ルーカスの顔が真っ赤になる。
「ノアーー!!」
王子の叫びが響いた。
柵の向こうで、ノアが大きく手を振る。
「ルーカス様ーーー!」
騎士団がざわつく。
ルーカスは顔を真っ赤にしたまま、勢いよく叫んだ。
「エレノア様ーーー!」
「最高です!!」
「ずっと応援してます!!」
「言った!」
「言ったぞ!」
騎士団が大騒ぎになる。
その瞬間――低い声が響いた。
「ルーカス」
空気が凍った。
王子が立っていた。
真顔だった。
「ノアは」
一拍置く。
「俺の婚約者だ」
「うわぁ……」
騎士団がざわつく。
ルーカスは少しだけ顔を上げた。
「……知ってます」
「なら」
ルーカスはまっすぐ王子を見る。
「でも」
「婚約破棄するって聞きました」
「おおお……」
騎士団がどよめく。
「しない」
「……」
ノアは遠くで元気よく手を振っていた。
「ルーカス様ーー!」
ルーカスの顔がまた赤くなる。
王子は頭を抱えた。
「ノア!」
「俺の方を見ろ!」
ノアはちらっとだけ視線を向ける。
そして一言。
「元婚約者は静かにしてください」
「殿下、負けてる……」
騎士団がぼそっとつぶやいた。
「負けてない!」
「まだ婚約者だ!」
今回は、推し活回でした。
エレノア様、
自由を手に入れた結果、ものすごく楽しそうです。
そして増えていく令嬢たち。
騎士団側も、
「応援されるって嬉しいな」
くらいの感覚だったのですが、だんだん大変なことになってきました。
一方その頃、王子。
「まだ婚約者だ!」
必死です。
でも、エレノア様にはあまり届いていません。
果たして王子は、
推し活に勝てるのでしょうか。
次回もよろしくお願いします!




