第5話 肖像画で練習する王子
今日も王子は、机の上の肖像画を見ていた。
エレノアの肖像画だ。
「ノア……」
小さくつぶやく。
「かわいい……」
ため息が漏れた。
「俺が何したって言うんだよ……」
「浮気なんてしないのに」
花だって飾ってくれた。
小さな花瓶に、よく花を置いてくれていた。
それが嬉しかった。
「俺だけを見てくれてた」
「婚約破棄なんて言うまでは」
今は――エスコートすることもできない。
エスコートのとき。
俺は毎回、胸が高鳴っていた。
手を繋げるからだ。
それ以外で繋いだことなんてない。
目も合わせたことがない。
話すのだって最低限。
……恥ずかしくて、できるわけがない。
王子はふと顔を上げた。
「なあ、ルシェル」
「何ですか、殿下」
「エスコートでしか手を繋いだことがない男って、どう思う?」
ルシェルは即答した。
「感じ悪いですね」
「……」
ルシェルは続ける。
「しかも、目もほとんど合わせない」
「会話も最低限」
「興味ないのが丸わかりです」
「……」
王子はぼそっと言った。
「俺は……見ないわけじゃない」
「恥ずかしくて、できなかっただけだ」
「それ、伝わってると思います?」
「……」
王子は腕を組んだ。
「いや」
「以心伝心だろう」
ルシェルは真顔だった。
「殿下」
「ありえないですね」
「……」
ルシェルは少し考えてから言った。
「エレノア嬢、時々寂しそうでしたよ」
「……」
部屋が静かになる。
「でも……夢でだって、俺に微笑んでくれたんだ」
「今日も夢に出てきたし」
「そのときは、『殿下のことをお慕いしております』って言っていた」
「いや、夢ですから」
「夢できっと俺たちは繋がってるはずだ」
「いや……さすがに夢はないでしょう」
ルシェルは思い出したように続けた。
「そういえば……エレノア様も、夢で何か見たようなことを言ってませんでしたっけ?」
「ほら、やっぱり夢でも繋がってるんじゃないか」
「もしかして、夢の中で殿下が変なことでも言ったんじゃないですか?」
「それで、殿下みたいに『繋がってる』と思ったとか」
「逆に変な夢を見て、『殿下が浮気した』ってなった可能性もありますよ」
「殿下、夢で繋がってるって本気で言ってますし」
「ありえる……」
王子は真顔になった。
「でも、夢で俺が変なことを言ったなら、どうすればいいんだよ」
「偽王子の後処理をしないといけないのか?」
「俺はノアしかいないんだぞ?」
「偽王子……いい加減にしてくれよ」
「でも現実問題でも、かなり問題ありますからね」
「感じ悪いですし」
王子は小さくつぶやいた。
「……今から、復活できるか?」
ルシェルは肩をすくめる。
「殿下の頑張り次第では」
王子はまた肖像画を見る。
「でも……かわいすぎるだろう」
ルシェルは笑った。
「殿下、溺愛してますからね」
「俺、ノアじゃないと嫌だ」
「対策を考えないと、本当に逃げられますよ」
「とりあえず……肖像画で練習してください」
「まずはイメトレからです」
「手、繋げますか?」
「うわ……かわいすぎて無理だ」
「やり直しです。はい、もう一度」
「無理だろ。かわいすぎる」
「じゃあ、まずは目を合わせて話すところからです」
「騎士団では、どうやって話してるんですか」
「それは……必死なんだよ」
「やばいだろ。他の男に取られたら無理だ」
「はい。じゃあ頑張って、目を合わせる練習をしてみましょう」
「頑張る」
ルシェルは深いため息をついた。
「毎日こうやって頑張ってるのに、なんで本番になるとできないんですか……」
「かわいすぎるからだ」
王子は真剣な顔で言った。
「見てみろ。ノアのことに関しては、色々完璧だぞ」
「ノアと何をしたとか、忘れないように全部書いてあるんだ」
「だから、ちゃんと覚えてる」
そして、小さく続ける。
「でも……俺もノアと話したいんだ」
「楽しく目を合わせて話して、手を繋いで……他の男たちが令嬢たちとしてるみたいに、普通にしたい」
「それでも……ノアは、そんな俺のことをわかってくれてるって思ってたんだよな……」
ルシェルは少しだけ表情を和らげた。
「はいはい、わかりました」
「だから、特訓頑張りますよ」
「婚約破棄されたくないんでしょう?」
「……わかった」
王子は肖像画を見つめながら、小さく頷いた。
「頑張る」
今回は、王子側のお話でした。
本人は本気で溺愛しているのですが、
「好きすぎて何もできない」
方向へ進化してしまった結果、かなり大変なことになっています。
しかも、本人は以心伝心できていると思っていました。
たぶん無理です。
そして始まる肖像画特訓。
果たして王子は、無事にエレノア様と目を合わせて話せる日は来るのでしょうか。
次回もよろしくお願いします!




