第20話 期待してはいけない
シリウスは、魔法通信を切ったあと、しばらくその場を動かなかった。
「……殿下が、あんな方だったとは」
小さく呟く。
思っていたより、ずっと不器用で。
それなのに、思っていたよりずっと誠実だった。
やっぱり。
身を引くしかない。
あの二人は、両想いなのだから。
それに。
「……僕では、釣り合わない」
静かに目を伏せる。
もう少し、殿下が嫌な人だったら。
何も思わなかったのに。
でも。
「……僕も、相当好きなんだけどな」
最初は、ただ美しい人だと思った。
正直、推し活には驚いたけれど。
でも、おかげで話すことができた。
エレノア様は、思っていたよりずっと明るくて。
前向きで。
一緒にいると、不思議と救われる人だった。
気づけば。
何かあると連絡したくなっていた。
話したくなっていた。
エレノア様と話している時間は、肩の力を抜いてもよかった。
無理をしなくてよかった。
なのに。
放っておけないとも思っていた。
守ってあげたいと、思ってしまっていた。
……でも。
きっと、友達なんだろう。
好きとか、そういうものじゃない。
一緒にいて楽で。
安心できて。
そういう関係なのだと思っていた。
少しだけ近くて。
少しだけ心地よくて。
その程度だと思っていた。
なのに。
殿下の話を聞いた瞬間。
胸の奥が、少し痛かった。
ああ。
違ったのかもしれない。
自分だけは。
少しくらい特別でいたかった。
自分の前だけは、少し気を抜いてほしかった。
そんなことを思っていたらしい。
小さく息を吐いた。
エレノア様が笑ってくれるなら。
それでいい。
指先がわずかに動く。
もう一度、魔法通信を繋げば。
簡単に声は届く。
エレノア様にも。
殿下にも。
少しだけ迷う。
このまま何もなかったように話せば、今まで通りでいられる。
三人でくだらない話をして。
笑って。
そのまま。
「……それでいいのか」
ぽつりと漏れる。
胸の奥が、少し痛んだ。
わかっている。
それでは駄目だと。
ゆっくりと手を下ろす。
もう、踏み込まない。
これからも。
きっと、エレノア様は話しかけてくれるだろう。
今まで通りに。
笑って。
何事もなかったように。
だからこそ。
期待してはいけない。
友人でいるのが、一番いい。
エレノア様のためにも。
殿下のためにも。
それが、一番穏やかで。
誰も傷つかない。
……そうだろう?
小さく問いかける。
返事はない。
それでも、そう思うことにした。
そうしないと。
もう一度、期待してしまいそうだった。
あの人は。
本当は最初から、殿下の隣にいる人だった。
それでも。
頭から離れない。
何気ない声も。
少しだけ笑った顔も。
全部。
「……困ったな」
苦笑がこぼれる。
こんなに残るとは、思っていなかった。
少しだけ目を閉じる。
「……仕方ないか」
***
その頃。
エレノアは静かに考えていた。
殿下は……いったい、何を考えているのだろう。
ふと、今日のことを思い出す。
魔法通信。
少しだけだったけれど。
ちゃんと言葉を交わした。
胸の奥が、わずかに揺れる。
何となくだけど。
殿下は頑張って話そうとしていた気がした。
いつもなら、殿下は微笑んで終わりだった。
でも今日は、少しだけ話そうとしてくれた。
会話は長く続いたわけじゃない。
ぎこちなくて。
言葉を探しているみたいで。
それでも。
頑張ってくれていた気がした。
……もしかして。
殿下は、女性と話すのが苦手なのかしら。
ふと思う。
だから、あんなに緊張していた?
だから、うまく言葉が出なかった?
考えてみれば。
推し活の時だって、殿下はルーカス様やシリウス様とは普通に話していた。
でも、私の前だと少し違う。
……ありえる。
殿下だもの。
変に納得してしまって、小さく笑った。
もしそうなら。
今日の魔法通信は。
殿下にとって、少しだけ頑張った結果だったのかもしれない。
そう考えると。
胸の奥が、少しだけ温かくなった。
でも。
期待してはいけない。
そう思うのに。
少しだけ、嬉しかった。
「……だめね」
小さく首を振る。
諦めないといけないと、わかっているのに。
どうしても、踏み切れない。
「……どうしたら、いいのかしら」
今回は少し静かな回でした。
シリウスは、自分の気持ちを整理しようとして、エレノアは少しだけ殿下を知ろうとしていました。
誰かを好きになると、諦める方が優しいと思ってしまうこともありますが、気持ちは意外と簡単には整理できないものなのかもしれません。
三人とも少しずつ前に進んでいます。
次回もよろしくお願いいたします。




