第18話 長話するなら、俺も入れてくれ
「この魔法陣を使います」
シリウスは紙を差し出した。
「これは固定なので……いつも持っていれば使えます」
「なるほど」
王子は覗き込む。
「そして、詠唱するだけです」
「詠唱は、これですね」
指でなぞる。
「……できそうですか?」
「思ったよりは、な」
シリウスは小さく頷いた。
「では、試しに私に」
「名前のところを私の名前に変えれば繋がります」
「エレノア様とは違う魔法陣なので、こちらになりますが」
「わかった……ここか」
王子はゆっくり頷いた。
「そんなに難しくないんだな」
「簡単にできるようになっています」
王子はシリウスに通信をしてみた。
「殿下、できてますよ」
「……よし」
小さく息を吐く。
「では、次はエレノア様にしてみましょうか。
時間も、この時間なら大丈夫だと思います」
「……ああ、やってみる」
王子は魔法陣に触れた。
そして──
エレノアへ通信を繋ぐ。
「こんばんは。……殿下?」
少し驚いた声だった。
「どうされたんですか?」
「……こんばんは、エレノア」
言葉を選びながら続ける。
「今、シリウスに魔法通信の練習を見てもらっていたんだ」
「ああ……そういうことだったんですね」
エレノアは少し考えてから聞いた。
「……シリウス様にしてもらったんですか?」
「いや」
王子は答える。
「自分でできた」
少し視線を逸らす。
「……手伝ってもらったが」
その時だった。
隣にいたシリウスが静かに口を開いた。
「エレノア様」
「殿下はご自身で通信されました」
「これからは、直接ご連絡できると思います」
「……良かったですね」
「殿下、シリウス様にご迷惑をかけてはいけませんよ」
「……すまん、シリウス」
「いえ、迷惑ではありません」
シリウスは静かに答えた。
エレノアは少し迷ってから口を開く。
「あの……殿下」
「私、殿下ともお話はしたいと思っています」
「でも──」
「シリウス様は、私のお友達なのです」
まっすぐ視線を向ける。
「ですから……シリウス様とも、これまで通り連絡を取ってもよろしいですか?」
「……嫌だと言ったら」
王子が聞く。
「やめるのか?」
「……やめません」
迷いなく答えた。
シリウスが控えめに口を挟む。
「あの……もし殿下が気にされるようでしたら、
三人での通信も可能ですが……」
「それで妥協、という形は難しいですか?」
エレノアは小さく首を振った。
「……本当に、ただの愚痴なんです」
「だから──さすがに困ります」
王子は息を吐いた。
「……長話するなら」
少し考える。
「俺も入れてくれ」
エレノアは思わずため息をついた。
「……呆れた方ですね」
「それと……もう一つ、お願いがあるのですが」
少し言いづらそうに続ける。
「無礼講で……お願いできますか?」
「多分、愚痴になると止まらないので……」
「……わかった」
王子は短く答えた。
シリウスも小さく頷く。
その夜から──
三人での魔法通信が、当たり前のように続くことになった。
シリウスとエレノアの会話に加わりながら、
王子はどこか不思議な気分になっていた。
……知らなかった時間だ。
エレノアは──
ずっと、ここにいたのか。
「殿下、申し訳ないのですが──」
シリウスが淡々と言う。
「僕は最初から無理なので、言わせていただきます」
「今日は何があったと思います?」
「……なんだ」
「パンがですね……売り切れたんです」
「は?」
「それで昼抜きです」
「信じられない」
エレノアが小さく笑う。
「それは……災難ね」
王子は少し眉をひそめた。
「……こういう話を、毎日しているのか?」
「そうですが」
シリウスはあっさり答える。
「……癒されません?」
王子は返事に迷った。
「殿下は、今日は何があったんですか?」
「特に変わらない」
短く答える。
「今日はルシェルと──」
言葉を止める。
「……何でもない」
シリウスがぽつりと呟く。
「……実は、メルヘンなんですね」
「いや、そういうわけじゃない」
少し声が低くなる。
「……あとで、シリウス」
「聞いてくれ」
「殿下、シリウス様を独り占めしないでくださいね」
「……わかった」
「ただ、ここで話したことは内緒だってことだな」
「そういうことです」
三人は──思っていたより、自然に馴染んでいった。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
今回は、誰かを選ぶ話というより、知らなかった時間を知る話でした。
殿下からすると、エレノアは婚約者です。
でも、婚約者だから全部を知っているわけではない。
一方で、シリウスにとってエレノアは友達です。
毎日の何気ない話や、愚痴や、昼ご飯がなくなった話まで共有している相手でした。
どちらが近いとか、どちらが正しいとかではなくて、関係の種類が違うだけなのかもしれません。
そして殿下は、そこに入れないのではなく、自分から入っていきました。
思ったより順応が早かったです。
でも、三人通信になったことで、これから少しずつ空気も変わるかもしれません。
ちなみに作者は、シリウスの「パンが売り切れたので昼抜きです」がわりと好きです。
それでは、また次回お会いできたら嬉しいです。




