第11話 婚約破棄するはずだったのに、殿下が全力で否定してきます
婚約破棄が、まだ正式に成立していない以上。
私は王宮へ行かなければならない。
正直、面倒だ。
でも、行かないわけにもいかなかった。
「殿下、お慕いしております」
何度、そう言っただろう。
……結局、一度も報われてはいないけれど。
そして、きっとこれからも。
殿下が私に興味を持っていないことくらい、わかっている。
何年も、一緒にいたのだから。
小さい頃は優しかった。
青い花を摘んでくれたことがある。
――たった一度だけ。
その花は押し花にして、しおりにしてある。
今でも、まだ持っていた。
もう昔の話なのに。
一緒にいる未来なんてない。
捨ててしまえばいいと、頭ではわかっている。
それでも、まだ捨てられなかった。
小さい頃の、淡い恋の思い出。
それくらい――残しておいてもいいだろう。
「……推し活しないと」
でも。
まだ私は、婚約者だ。
私は王宮へ向かった。
……何を話そう。
考えているうちに、殿下の部屋へ着いてしまった。
扉を開けると、殿下が待っていた。
「ノア。来てくれたんだ」
ほっとしたように笑う。
「良かった。待っていた」
私は少し視線を落とした。
「殿下。私、もうここへ来るのは良くない気がしています」
少し言葉を選んでから続ける。
「婚約破棄……するのでしょう」
殿下は、すぐに首を振った。
「婚約破棄はしない」
はっきりと言う。
「する必要もない」
「浮気もしない。だから問題ないだろう」
少し眉をひそめる。
「……そもそも、するわけがない」
そして、話題を変えるように言った。
「それより」
「ノアの好きな桃のタルトと紅茶を用意した」
テーブルを指す。
「青い花も飾ったんだ」
私は、その花を見つめた。
「ノア」
殿下が静かに言う。
「俺は、お前と婚約破棄する気はない」
「最初から、一度も」
「ありがとうございます」
私は小さく頭を下げた。
「ですが……私は、殿下の幸せを願っております」
殿下は、すぐに言った。
「それなら、一緒にいてくれ」
まっすぐな声だった。
「ノア。俺の何が気に入らないんだ?」
私は少し目を伏せた。
「浮気するからです」
殿下の眉がぴくりと動く。
「それに」
「私に興味がないことも、もうわかっております」
静かに続けた。
「なので――」
「推し活も邪魔しないでください」
「……ノア」
殿下は低い声で言った。
「誰から聞いた」
私は答えられなかった。
殿下は少し眉をひそめる。
「俺は、浮気なんてしない」
そして続けた。
「清楚系ヒロインというのは――お前のことだろう」
私は思わず顔を上げた。
殿下は淡々と続ける。
「多分、俺とノアを破断させたい者がいる」
「そう考えるのが自然だ」
「ノアは公爵令嬢だ。政治的な思惑があってもおかしくない」
それでも、殿下は首を振る。
「だが、俺にとってはそんなことは問題じゃない」
そして静かに言った。
「ルシェルに聞けば、色々わかるはずだ」
「ノアとの婚約を壊される理由が、俺にはない」
「あの……誰かに言われたわけではないんです」
私は小さく言った。
「ただ、私が勝手に考えてしまって……」
「でも、殿下のことを思ってのことなんです」
「それだけは、わかってくださったら」
殿下は即座に返した。
「なら、婚約破棄する必要はない」
私は顔を上げる。
殿下は少し考えてから言った。
「ノアを安心させればいいのか?」
「俺が浮気をしないって」
そして呆れたように続ける。
「……するわけないだろう」
「俺は、今でも毎日あの時のことを思い出すのに」
小さくため息をついた。
「どう考えても……未来を考えても、ありえない」
少し首を傾げる。
「それに、俺は令嬢たちに人気があるわけでもない」
私は少し考えてから答えた。
「……確かに、あまり見たことはありませんね」
殿下は真顔で続ける。
「きっと、面倒くさい男だと思われている」
「それは……否定できません」
「だから、浮気する相手もいないと思うが」
「ルーカスならわかる」
「だが――俺だぞ?」
真顔のまま言う。
「考えてみろ」
「ルーカス。シリウス」
「あいつらはイケメンだ」
私は頷いた。
「浮気相手も、すぐに見つかるでしょうね」
「それはそうだろう」
殿下は腕を組む。
「だが、俺を考えろ」
「きっと圏外だ」
「今まで、俺が推されているところを見たことがあるか?」
「……ありませんね」
殿下はさらに続けた。
「イケメン、きゃー、なんて言われたこともない」
「むしろ言われるのは――」
少し顔をしかめる。
「邪魔です」
「……確かに」
殿下は真剣な顔のまま言った。
「推し活の場でも、俺に近づく令嬢は一人もいなかった」
「だから、モテないんだ」
そして結論づける。
「普通に考えて」
「浮気する相手なんて、見つかるわけないだろう」
私は少し考えた。
「……殿下の分析は、かなり偏っていると思います」
殿下は静かに言う。
「俺に寄ってくるとしたら、政治目的の女くらいだ」
少し肩をすくめた。
「そんなことくらい、わかっている」
そして、少しだけ目を伏せる。
「きっと、俺を好きになってくれるやつなんていない」
小さく息を吐いた。
「それでも――」
「ノアは、俺を慕ってくれていた」
「だから、嬉しかったんだ」
私は何も言えなかった。
殿下は続ける。
「全部、俺の気持ちもわかってくれていると思っていた」
そして、まっすぐ私を見る。
「ノア」
「婚約破棄は絶対にしない」
はっきりと言った。
「絶対にだ」
私は言葉を失った。
殿下が、そんな顔をするなんて思わなかった。
今回は、婚約破棄寸前……のはずなのに、なぜか殿下が全力で否定してくる回でした。
本人は真剣なのですが、
「俺だぞ?」
「邪魔です」
「圏外だ」
など、分析がだいぶ偏っています。
でも、多分本人の中ではかなり本気です。
ノアはノアで、
「殿下の幸せのために身を引こう」
と思っているので、完全にすれ違っています。
なお、殿下はまだ気づいていません。
ノアがかなり重めの初恋を引きずっていることに。
青い花のしおりは、たぶん本人が思っている以上に強いです。
次回もよろしくお願いします。




