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婚約者が外弁慶なボクを殺人犯だと疑ってるんだけど  作者: 御仕舞


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6 . 望んでないのに向こうから火種がやってくるんだけど


 推し、というものかもしれない。

幼なじみをしてきて、何を今更と思うけど、ボクはもしかして、ダイモンを推しているのかもしれない。

それなら、最近の動悸、息切れが病気や走った後以外の説明がつく。


 ダイモンが女たらしなわけだ。

いつも女の子たちに、黄色い悲鳴を浴びせられて、ベタベタ触られたりして、本人は上手くかわしているけど、女性慣れしているのは間違いない。


 もちろん、ボクはダイモンがああ見えて一途で真面目な堅物なことも知っている。

親しくないとはいえ、アレスを挟んだ長い付き合いの幼なじみだ。

ダイモンがいつ誰と交友を深め、誰からの告白を受け丁寧に断ってるかくらい知っているし、思春期の男どもの下世話な誘いを断り、鍛錬に明け暮れてることくらいはわかる。


 惜しむらくはダイモンが帝都臣民であり、カナン国民でないこと。

カナン国民であれば、血族魔法下にあるから把握も容易なんだけど、残念ながら人望のないボクには人海戦術も使えない。


 昔からの習慣で、ボクは週に一度、ダイモンの周辺のカナン国民に、血族魔法第五階位の起動術式を発動させ、【閲覧の権利】を行使している。

この権利は審議会を通す必要もないし、解釈次第で他者に影響を与えられる、ある意味で万能で最強かもしれない。

けれど、ボクほど頻繁に、大勢に使用した王族はいなかったように思う。


 ダイモンのことは、幼なじみとして当然のことしか知らないけど、まさか、ボクがダイモンを推すことのなるとはね。

そうは言っても、婚約者のいる身で大っぴらに推し活できるわけもない。

今までどおり生活して、推しであることをひた隠しにしなければ。

 

 ダイモンを取り囲み、黄色い声を上げている女子たちが羨ましくなる。

ただ、婚約したいとか、そんな気持ちはない。

第三王女として望まれるボクが、ボクらの望む姿だから。


 一転、ピーノだ。

女子ばかりかと思いきや、男子生徒たちとも友好関係を築き、男女問わず囲まれてるダイモンに対して、廊下を闊歩する華やかな一団。

先頭に立つピーノが、左右には貴族令息を従え、まるで女王様の行列みたいに見える。

その顔の良い男たちたちが揃いも揃ってピーノに傅いている。

平民なのに、堂々と男たちを侍らす姿だけは、ボクより王女らしい。


 ピーノは辺りをキョロキョロ見回し、誰かを探しているようだった。

ボクは自分の机で本を読むふりをしながら、最大限に祈った。

神様、どうかボクに関わってきませんように。


「ちょっと、シャヘル!」


 ピーノはズカズカとこちらへ近づいてきた。

教室全体に響き渡る大声に、シンと静まり返った教室内で、最初に動いたのはシャヘルだった。

手にしていた扇がヒュッと鋭い音を立てて振りかぶられ、次の瞬間、パンッ!という乾いた音と共に、ピーノの左頬を打ち据えていた。


「なっ…!?」


 左脇の男が驚きの声を上げる間もなく、ピーノは小さな悲鳴と共にその場に尻もちをついた。

打ち据えられた頬を押さえ、何が起きたのか理解できないという顔でシャヘルを見上げている。


「平民が弁えなさい」


 シャヘルの声は恐ろしいほど平坦だった。

感情の一切を感じさせない冷たい視線が、床に這いつくばるピーノに注がれている。


「犬ごときが王女であるこのわたくしの名を呼び捨てにするなど、万死に値する行為ですわ」


 右脇の男が顔を真っ赤にして一歩踏み出したが、シャヘルの扇の先端がサッとピーノに向けられると、ビクリと動きを止めた。


「わたくしはこの方に教育を施して差し上げているだけ。貴族社会における最低限の礼儀作法をね。まさかとは思いますが、貴族の皆様方は、このような無作法者を擁護なさるおつもりではないでしょうね?」


 その言葉は男たちだけではなく、教室全体に向けられているようだった。

シャヘルを取り囲んでいたクラスメイトたちも、一斉に俯いたり視線を逸らしたりする。

誰もがシャヘルの怒りに触れまいと必死だ。

ピーノは痛む頬を押さえたまま、キッとシャヘルを睨みつけた。


「な、なんでこんなことするのよ!?」

「物覚えの悪い犬。弱い犬ほどよく吠えるというけれど、言うことを聞かない野犬はどうなるかご存知?」


 シャヘルは扇をパチンと閉じると、優雅に肩で羽織っていたショールを整えた。


「わたくしの時間を無駄に消費したことの罪深さを噛み締めつつ、二度と王族の名を軽々しく口にすることのないよう努めるのですわね。まぁ、次があればですけど」


 男たちは一瞬どうすべきか迷うように互いの顔を見合わせた。

彼らが庇おうとしないことに気づいたピーノの目には、悔しさと少しの不安が滲んでいた。


 ボクは困惑していた。

ピーノって、別の国…いや、別の世界から来たとかいう理由がないとおかしいくらい、非常識じゃない?

本当この国に住んでた?

平民とかそういう次元じゃないよ。

ボクが、そんなことしないよね?って想像したことの、真下をいくんだからすごい。


 仮にもシャヘルは王女だよ?

なんで呼び捨てできると思うの?

不敬罪で縛り首所望してる自殺志願者か何か?

気が遠くなったよね。

取り巻きたちはちゃんと教育しててほしいよ。


 さすがにピーノの貴族の取り巻きは遅れて顔を青くさせてたけど、連帯責任とらされてもおかしくなかった自分たちの綱渡りの状況を、どれくらい把握してるんだろ。

血族魔法持ちの希少さとその特権は比例している。

もちろん、同じように義務だって比例するわけだけど。


 床に蹲ったままのピーノが、ゆっくりと顔を上げた。

この状況で、なんでそんな顔ができるんだか。

勝ち誇ったような薄ら笑いが浮かんでいる。


「あなたが知りたいこと、教えてあげましょうか。シャヘル王女様」


 その瞳には侮蔑と、ほんの少しの恐怖が混じっていた。

シャヘルの扇の一撃は、確かに彼女の中に怯えを植え付けたらしい。

しかし同時に、追い詰められた鼠が猫に噛みつくような、捨て身の決意も宿っていた。


「レムが殺されたって情報を掴んだのよ」


 ピーノの口から滑り出たその名前に、ボクの思考が一瞬停止する。

レム? だから誰?殺された?


「レム?」


 シャヘルは小首を傾げ、あどけない仕草を見せた。


「そのような方がいらしたかしら? このわたくしが知らないのだから、あなたのお友達の犬?」


 歌うように言ってのけるシャヘルに、ピーノの顔が怒りで歪んだ。


「とぼけるんじゃないわよ! アレス様があんなに心を痛めてたじゃない! 調査だってずっと続けてたって聞いたわ!」


 シャヘルの仮面は微塵も揺らがない。

扇の影から覗く紫水晶の瞳が、静かにピーノを見下ろしている。

一方、取り巻きの一人が小さく呻き、もう一人はハッと目を見開く。

その顔色は見る見るうちに青褪め、脂汗が噴き出してきた。


「ピーノ嬢! その話は!」


 一人が慌てて彼女の腕を掴もうとするが、ピーノはその手を振り払う。


「何よ! 知っちゃいけないことなんてないでしょ!」


 彼女は完全に昂揚状態で、取り巻きたちの焦りには全く気づいていない。

むしろ彼らの慌てぶりを、自分の情報の有用さの証明だとでも思っているようだ。


 教室の中は水を打ったように静まり返っている。

生徒たちは先程の扇での打擲劇に続いて、今度は何やら重大な秘密めいた話が始まったことに息を飲んでいる。

彼らの好奇心と恐怖が入り混じった視線が、シャヘルとピーノ、そして取り巻きの男たちに集中した。


 シャヘルはその針の筵のような空間で、ゆっくりと瞬きを一つした。


「なるほど。アレス殿下が心を痛めていらっしゃる方のことであれば、わたくしも多少なりとも関心はありますわ。けれど」


 扇をクルリと回し、涼やかに言い放つ。


「殿下が仰らないことを、他者の口から聞くのは好ましくありませんわね。ましてや、それが根も葉もない風の噂である可能性が高いとなれば尚更です」


 その言葉は棘となって、ピーノと取り巻きたちの心臓を刺し貫いた。

取り巻きたちのうち一人が、耐えきれずに懇願するような声を漏らす。


「シャヘル王女殿下…どうか、お許しください…我々は」

「お黙りなさい」


 シャヘルの冷たい一喝に、男は喉をごくりと鳴らして押し黙った。

シャヘルは優雅に、教室の出入り口を扇で指し示す。


「どうやら、気分が優れなさそうね?でしたら退室していただける?」


 生徒たちは互いの顔を見合わせるばかり。

ピーノは手を震わせ、小さく呟いた。


「…アレス殿下、ごめんなさい」


 ピーノと取り巻きたちは深刻そうな表情で教室を出ていく。


 何なんだよ。


 ボクはピーノたちの様子から、思ったよりも『レム』という存在、事件が大きいことを否が応でも悟る。

シャヘル王女の仮面の下で、ボクは激しい焦燥感と未知の情報への困惑に苛まれていた。


 アレスが心を痛めていた?

何年も調べ続けている?

そしてピーノがそれを知っている?


「シャヘル様!」


 甲高い声がボクの思考を止めた。

ピーノを慕っていた貴族令息の一人が、顔面蒼白になりながらも必死の形相で叫んでいる。


「違うんです!ピーノ嬢はただ、その…」


 その言葉は途中で詰まり、彼は救いを求めるように隣の男に視線を送るが、もう一人の取り巻きも唇を強く噛んで俯くばかりだった。

どうやら、彼らはレムに関する情報の危険性を認識しているようだ。

この場合、危険視されてるのは…まさかボクじゃないよな?


 なんなの?

アレスといい、ピーノといい、ボクを何だと思ってるの?

シャヘルの振る舞いは確かに高飛車だけど、他の王族はボクの上を行くぞ?レムじゃなくても、誰かを殺したりするように見えるか?


 犯人に向かって証拠もないのに『犯人はお前だー!』と叫んだ後のような狼狽え方だ。

犯人が図星を刺されて、殺すと思ってる?

その犯人がボク?

アホなの?

ここまで堂々と疑ってます、と態度で示しておいて、こいつらが死んだら、ボクが第一容疑者になるの?理不尽すぎない?


「我々もピーノ嬢も詳しいことは分からないんです。アレス殿下が、その…忘れられない方がいて、それが故人だということぐらいで、具体的なことは何も」

「ピーノ嬢はどこでその情報を?」

「それは殿下が…。偶然なんです!ピーノ嬢が殿下の呟きを拾ってしまって、それで…」


 偶然にしてはタイミングが良すぎるだろ。

完全にアレス殿下の手の平の上なんだろうな。

男は目を泳がせながら続けた。


「その話を聞いた後からピーノ嬢の様子が変わりました。殿下を追いかけ回すようになったんです」


 それは単にアレス殿下と秘密を共有したことで距離が縮まったと勘違いしたのでは?

だけどピーノは、自分がアレスと共有している秘密の大きさを理解していなかった。

いや、理解しようともせず、ただアレスの傍にいるための道具としてしか捉えていなかった。


 だからこそ、『レムが殺された』という核心的な情報をシャヘル相手にぺらぺらと喋ってしまった。

それも教室中に聞こえるほどの大声で。

あの取り巻きの二人が必死に止めようとしたのも納得だ。


 『レム殺害』がどれほどの情報かわからないが、政争に巻き込まれているのかもしれない。あるいはもっと重大な犯罪かもしれない。

どちらにせよ、ピーノが口を滑らせたことで、その火種はシャヘルの目の前に転がり込んできた。


「なるほど」


 シャヘルはパチリと扇を閉じた。


「わかりましたわ。殿下には『忘れられない方』がいる。そして、それが『レム』という方で、『亡くなっている』」

「そ、そうなんです!」

「で?」

「へ?」


 シャヘルはポカンとする男に笑った。


「根拠はございますの?」

「根拠?」

「根拠もなく、ピーノさんたら、自分で作り上げた物語を真実だと信じ込んでしまったのかしら?」

「いえ! 違うんです、ピーノ嬢は」


 一人が抗議しかけたが、シャヘルの冷ややかな視線に遮られ、黙り込む。


「そうでございましょう? だって『殺された』なんて、まるで物語の台詞のようではなくて?まぁ、いずれにせよ、わたくしには全く関係のないお話です」

「え…?」

「ですから」


 シャヘルは彼らを通り越し、未だ騒然としている教室全体に聞こえるように宣言した。


「わたくし、今の話はピーノさんの妄想が混ざった与太話だと判断いたします」

「違います! 妄想なんかじゃ…!」

「お黙りなさい」


 権力と権威に逆らえず、素直に黙り込んでくれて偉い偉い。


「この件についてはこれ以上興味はございません。殿下もお辛い記憶があるのでしょうし、わたくしから掘り起こすような無粋な真似はいたしませんわ」


 あくまでアレスへの配慮を装いつつ、同時にピーノの話を完全否定することで煙に巻く戦略だ。

取り巻きたちは困惑している。


「それでは」


 くるりと踵を返し、教室を出る準備を始めた。


「くだらない時間でしたわね。ごきげんよう」


 シャヘルは逃げ出した。

よし!これで、騒動から回避できたよね!?(フラグ)




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