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婚約者が外弁慶なボクを殺人犯だと疑ってるんだけど  作者: 御仕舞


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4 . 友達がいないボクには羨ましい限りなんだけど


 シャヘルと違って、ボクはお洒落に興味ない。

化粧も、髪型も、ドレスも好きにしてほしい。考えたくもない。

だけど、お洒落好きなシャヘルが、本日のコーデに口を挟まないわけないから、ボクは自分のセンスを捻り出して、侍女たちに命じて、毎日の苦行を乗り越えている。


 まあある程度の好みが決まっているから、侍女たちも気を利かせて、休日は複数枚のドレスを事前に準備して、ボクが選ぶだけという状況を作ってくれるし、そもそも学園の日は制服だ。

ずっと制服がいいのに、と思わず溜息を出しかける。


(王女たるもの毅然とした態度で)

(感情的にならず冷静に)


 頭の中のお偉いさんたち、ありがとー。

ボクがシャヘルとしての行動を逸れようとすると、脳内のお偉方が頭の中で注意してくれる。

本来、王女なんて柄じゃないボクを、軌道修正させてくれる。

自分に見合わない地位を持つと、ボクみたいに頭がおかしくなるのだろうか。


 学園に到着し、門をくぐった瞬間から違和感があった。

生徒たちの視線が痛い。

昨日の今日だから仕方ないけど、それ以上に何だか騒がしい。


「…あの子、またやってるらしいよ」

「今度はガレオン令息にまで」

「やっぱり正気じゃないわ」


 ひそひそ声が嫌でも耳に入ってくる。

勘弁して。

お願いだから静かに過ごさせてくれ。

神様に祈るように、拳を固めるが、いつだってボクの願いは叶えられたことがない。

神様、ボクに厳しすぎない?


「シャヘル様!ちょうど良かったですわ!」


 教室に入った途端、クラスメイトの一人が青い顔をしてシャヘルに駆け寄ってきた。


「身分も弁えず、朝から騒々しいですわね。そもそも、わたくし、あなたに話しかけたかしら?」

「あの…その私、ピーノさんが…」


 シャヘルの厳しい視線にさらされ、怯えるように一歩後ずさる。

のわりに、縋るような目つき。

勢いでシャヘルに泣きつこうと思ったんだろうけど、シャヘルは一般生徒の泣きつきぐらいで動かないし、ボクは絶対に動きたくないよ。

朝から厄介事は勘弁して!

ボクは平穏に暮らしたいだけなんだよ!


 第一皇位継承者の婚約者って、なんて平穏とは無縁な響きなんだろう、絶望的。

アレスも性格合わないし、あんな奴と人生共になんてしたくない。

何とか回避したいんだけど、プライド高いシャヘルが皇太子妃以外の地位に甘んじるわけがない。


「やめてください!」


 ピーノの甲高い声が響いている。

聞かないふり、知らないふりできるかな?

遠巻きに皆注目してる中で、気付きませんでしたって、教室入っちゃダメ?


 どうやら、ピーノは誰かと言い争っているようだった。

なあんだ、いつものことか。

クラスメイトはなぜシャヘルを呼んだんだよ。

昨日の出来事を見ていればわかるように、シャヘルは決して正義の味方ではない。

あくまで自分を基点にした行動しかとらない。

ピーノが嫌いだからと行動はしない。

婚約者を取られ、自分の地位を脅かされるという話なら別だけど…。


 ボクはピーノと対面している相手を見る。

ガレオン伯爵家の嫡男、ルカ・ガレオン。

眉目秀麗で文武両道の才人で、婚約者は子爵家の令嬢だったはず。

今はその端正な顔を歪めている。


 ピーノは平民出だというのに、なぜか貴族の子息たちからやたらと可愛がられている。

その理由は明快で、彼女は底抜けに明るく、そして無鉄砲なほど正義感が強い。

貴族社会の暗黙の了解や身分差など、彼女には通用しない。

それが新鮮だと感じる貴族の坊ちゃん方が多い。


 ただ、彼女のその正義感は往々にして貴族社会の秩序と衝突する。

今回の相手はガレオン伯爵家の嫡男。

いくらピーノが貴族に庇護されているとはいえ、ガレオン家を敵に回すのは愚行だ。


「子爵家の力を利用して他の子たちを脅してる噂、全部聞いてるんですから!」

「根も葉もない噂だ!彼女がそんなことをするわけがない!」


 どうやら、正確に言うと、ピーノが突っかかっているのは、ルカ・ガレオンではなく、婚約者の方らしい。

婚約者の方はというと、顔面蒼白で言葉も出ない様子でピーノを睨みつけている。

ルカ・ガレオンは婚約者を庇って、ピーノと言い合っているようだが、はてさて。

今までもピーノと対立していた人間は、男女問わずいたが、時間経過と共に、男はピーノに好意を、女は憎しみを強めていった。

今回はどうなることかわからないが、どう考えてもシャヘルは関係ない。

よちよち、シャヘルたん、教室入ろうね。


「あれれ?これはこれは、朝から麗しのシャヘル王女殿下に会えるなんて、幸先がいいなあ」


 群衆の中から声をかけてきたのは、またしてもダイモンだった。

面白がっているか、探りを入れているか、そのどちらもか。

ボクは思わず、前髪をサッと撫でつけ、ドレスに皺やゴミがついてないか目視で確認する。


「ダイモン様。ご機嫌よう」

「いやあ、今日はまた一段と賑やかな登校となったよねえ」


 ダイモンは肩を竦めながら、顎で騒ぎの中心を指し示す。

ピーノの金切り声と、困惑するルカ・ガレオン、そして泣きそうな婚約者の少女。

まさに修羅場である。


「賑やかな動物園だこと。飼育員でもない、わたくしには関係のないことですわ」

「そうなの?ピーノ嬢といえば、昨日の一件で殿下と姫様の仲を邪魔しようとした張本人だし、そのピーノ嬢がまたしても騒ぎを起こしているときたら、姫様としては、心中穏やかじゃないんじゃない?」


 わざとシャヘルの神経を逆撫でしようとしている?

シャヘルは平静を装いながらも、眉根が僅かに寄るのを自覚した。


「ダイモン様。殿下のことをお考えくださるのは大変結構なことですけれども、今のわたくしの立場で、この騒ぎを解決するために何かを起こす義務があるとでも?」


 シャヘルはダイモンの目を見据えて問い返す。

ダイモンは一瞬言葉に詰まったように見えたが、すぐにいつもの軽薄な笑みを浮かべた。


「義務ねえ…。例えば、殿下の婚約者としての威厳を示す機会とかは?あのような場面を放置しておくのは、殿下の名誉にも関わるし」

「名誉でしたら、尚更、わたくしが軽々しく関わるべきではないと思いますわ。ルカ・ガレオンが当事者です。そして、その婚約者の方も。わたくしはあくまで第三者。部外者のわたしくが口を挟むことではありませんわ」


 はい、もう終わり!面倒臭い!

朝から頭使いたくないよ、なんでダイモンと言い合わなきゃいけないんだよ。

とっとときり上げて、教室に戻ろうと踵を返そうとする。

しかし、ダイモンは諦めが悪かった。いい加減にしてくれ。


「でも姫様、あのピーノ嬢だよ? 昨日の今日で、また同じような騒ぎを起こしてさあ。これじゃあ殿下の顔に泥を塗ってるようなものじゃない?殿下の婚約者として、そして王族として、看過できると。もしかして…」


 大袈裟に眉を寄せ、心底心配しているかのような表情を作る。


「怖い?」


 怖い?


「面白いことをおっしゃるのね。ダイモン様、あなたと出会ってから一番の面白い冗談だわ」


 シャヘルは完璧な淑女の笑みを浮かべて振り返った。

扇子を優雅に広げ、口元を覆う。

その笑みはまるで氷のように冷たく、ダイモンの軽口を一刀両断する刃のようだった。


「わたくし、騒々しいことが苦手なんですの。朝からこんな茶番劇に巻き込まれるなんて、本当にごめん蒙りたいですわ」


 あくまで淡々と、しかし有無を言わせぬ口調で続ける。


「ピーノ嬢の言動が殿下の評判を損なう?ああ、それはもちろんお可哀想に。ですが、わたくしの知ったことではありませんわ。殿下が直接ピーノ嬢にお話しになれば済む話ではございませんこと?」

「直接お話しされても聞く耳を持たないから、こうして問題になっているんだけどね」


 ダイモンは苦笑いを浮かべながらも、引き下がる気配はない。


「姫様のその毅然としたお姿は素晴らしいよ、本当に。ただ、少しばかり近寄りがたいというか…誤解されやすいというか」

「誤解?どこに誤解の余地がありますの?ピーノ嬢のような方はわたくしのような型にはまった生き方を嫌うのでしょう。自由奔放で羨ましい限りですわ」


 シャヘルは皮肉をたっぷり込めて言い放つが、ボクは戸惑っていた。


 幼い頃からの付き合いだけど、ダイモンはアレスを挟んだ仲でしかない。

でも、アレスの護衛兼側近として、ダイモンは対外交渉に長けるようになった。

本来の真面目さと一途さを潜ませながら。


 だから、その年月と努力に鍛えられた人間観察力と、彼自身の愚直なまでの真っ直ぐな心根で、ダイモンは隠されているものをそのままに、本質を突くような言葉を口にする。

シャヘルという盾に守られているボクを覗き込み、シャヘルではなく、ボクに言葉を届けようと、あるだけの言葉を一生懸命尽くしているような、そんな気がするのだ。


 そんな時、ボクは、例え彼と口論している時ですら、彼の持ち得る優しさや精神性に戸惑ってしまう。


「まあ、姫様がそう言うならいいけどさ。ただ、もし万が一にも何かあったら、オレに声をかけて」


 アレスの側近として、友人として、ダイモンはシャヘルと対立する立場で、絶対に味方ではないのに、ボクはダイモンを信頼している。

油断なんてできない、アレスの味方であり、皮肉を言い合う仲で、決して仲良くない、今後も仲良くならない、そんな仲なのに。


 ほんの一瞬、少しの時々。

アレスが本当に羨ましくなるのだ。


「ご忠告痛み入りますわ。ですが、ご心配には及びません。わたくしは自分の身は自分で守れますし、殿下の御名に傷を付けるような真似はいたしませんもの」


 シャヘルはきっぱりと言い切ると、今度こそダイモンに背を向けた。


「それでは、わたくしはこれにて失礼いたしますわ。授業に遅れてしまってはなりませんから」


 背中に感じるダイモンの視線を振り払いながら、シャヘルは颯爽と教室へと歩き出した。




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