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婚約者が外弁慶なボクを殺人犯だと疑ってるんだけど  作者: 御仕舞


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18/21

10年前の王宮庭園にて・3


 ダイモンが来ない日が続いた。

いつものように噴水のほとりで待つレムの胸に不安が募る。

足を引きずる少年の姿が脳裏をよぎる。

まさか、あの時の人たちに…?


 来なくなって三日目の夕暮れ。

レムが重い足取りで宮殿に戻ると、「玉座の間へ」と侍女から伝えられた。

その声は硬く、拒否できない威圧感を帯びている。


 玉座の間。

そこは王家にとって最も神聖な場所であり、レムにとって最も忌むべき場所だった。

自分の存在そのものが王の怒りを買う場所だからだ。


 巨大な扉が重々しく開かれると、謁見の間は冷たい空気に包まれていた。

高慢な笑みを浮かべた側室たちが座り、その中心には母上が立っていた。

母上の顔は蒼白で、目には深い憎悪と屈辱の色が宿っている。


「レム、穢らわしい子」


 母上の声はかすれていた。


「今日、陛下より勅令が出たわ。魔力量測定の結果、あなたは『非認定』となった」


 周囲の貴婦人たちが嘲るように囁き合う。


「やはりあの子は…」

「王家の汚点よ」


 レムは俯いた。

魔力量測定は国家儀式だ。

しかし非認定となる貴族の子は稀で、それは『不足』『欠乏』という分類される。

そして、貴族としての生命を絶たれることを意味している。


「魔力不足。これがあなたの公式記録」


 母上の声が玉座の間に響き渡る。


「陛下は激怒しておられるわ。王家の血筋に非認定者がいると知られれば、その愚かな頭でも理解できるわよね」


 側室たちが高笑いする。


「まさか捨て子扱いになるんじゃないかしら?」

「いや、逆賊扱いかもしれませんよ」

「もう顔も見たくない」


 母上の声が震えていた。


「あなたのような子を産んでから私がどれほどの地獄を見たか…」

「母上…もうしわけ」

「謝るな!お前のせいで私がどんな目に遭ったか!」


 つかつかとレムに近づいたかと思うと、母上の平手打ちが飛んだ。


「悪魔!全てお前のせいだ!」


 床に倒れたレムの髪を掴み、何度も何度も執拗に手をあげる。

無様な姿を笑いこそすれ、止める者などいない。

レムに味方はいない。


「早く消えろ!二度と私の前に姿を見せるな!」


 引き摺られるように、追い出され、扉が閉められる。

廊下にうつ伏せになったまま、痛みに震えることしかできない。


 ふと指輪が光っていることに気づく。

王家伝統の指輪で、血族の者は生まれた時から装着を義務付けられる。

しかし非認定となった今、これは象徴的な道具に過ぎない。

そのはずだった。


 今まで一度も感じたことのなかった魔力の脈動。

指輪が淡く脈打っている。

紫色の妖しい輝きが血管のように腕を這い上がる。


《契約者確認》

《監査役により痕跡を感知しました》

《契約書を発動します》


 どこからともなく声が響く。

天井?壁?それとも頭の中?


「誰…?」


 レムは震える声で問う。


『我は古の契約の監査役。王家の血筋に宿りし永遠の見届け人なり』

『汝は血族魔法の継承権を有す』

『契約せよ。生命を捧げるならば』

『血族魔法の全てを汝に与えよう』

『カナン国創建以来代々王家のみに伝わる秘術』

『カナン国の土と血に眠る歴代王家の魂を喚び起こし共鳴させる』

『喚び声に応じし霊魂は血に溶け肉体を蝕んでゆく』

『死しても尚続く束縛の鎖』


 レムは恐怖と興奮が入り混じる感情に戸惑った。

目の前に突如現れた『力』という餌。

だが引き換えに求められるのは己の命。


「魔法を使うたび寿命が減る、ということ?」

『然り』

『完全に使い果たせば』

『灰となる』


 レムは呼吸を整えながら尋ねる。


「それでも、力を得られるの?」

『然り』


 レムは考える。

今まで虐げられてきた日々を。

母に罵倒され父に見捨てられ孤独に喘いだ夜を。

そしてダイモンと過ごしたわずかな幸福の記憶を。


 再び声が響く。


『契約の追加条件』

『次の継承者を育てよ』

『我が血族魔法を次代へ渡す役目を担え』


 次の継承者を育てる?

それって、自分の生まれてくる子を差し出せと…?

レムはその残酷さに、這いつくばりながら、悶え、嗚咽をもらす。

それは、もしかしたら、ダイモンとの子かもしれない。

相手が誰であろうと、犠牲にすることはできても、レムはダイモンを、ダイモンだけは裏切ることができない。


『血族魔法は永続すべく設計されておる。汝一代で絶えてしまっては契約の意味がない』


 声は変わらず平坦だが、どこか愉悦を滲ませている。

沈黙が落ちた。

レムの全身が震え始める。


 ダイモンと将来を共にするとした約束。

殺意すら滲ませ憎悪してくる母上と父上、兄、姉、側室、家族、その家来たち、国民全て。

ダイモンの怪我。

守ると誓いあった日。

追放されれば野垂れ死ぬしかない。

野垂れ死んだら、既に出会ってしまった私を、ダイモンは切り捨ててくれるだろうか?


「ダイモン…」


 名前を呟くと胸に火が灯った。

城壁で傷ついた彼の青ざめた顔。

泥に汚れた膝小僧。

それでも笑ってくれたあの優しい少年。


 その彼が、私が死んだと知って、何もしないわけがない。

レムは、ダイモンを信じていた。


 信じていたから、


「契約するわ」


 あの日、泣いていた少女はもういない。

愛する唯一のために、全てを捨てる覚悟を決めたのだ。

自身の過去も未来も魂も、捧げられた愛情さえも。

少女に残るものは何一つない。

それでも少女は、この世で一番幸福なのだというように、満面の笑みを零した。


『警告』


 声が一段低くなる。


『契約を結ぶなら即座に準備を始めよ。最初の魔法行使で汝の生命力が半分以下に減る』


 生きながら半死人になる。

血族魔法を使えばそれさえも削られる。

それでも、


「それで十分」


 恐怖と痛みは追いやられ、少女の瞳は決意で燃え、目まぐるしく頭を回転させる。

指輪の光が瞬く間に増幅し、血管のように脈打つ模様が手首まで広がる。


『同意と見做す』


 声が轟く。


《契約履行を開始します》


 指輪が灼熱の杭となって掌を貫いた!


「っあ゛ぁあ゛あ!!」


 獣のような絶叫が石造りの廊下に反響する。

痛みは物理的現象を超えていた。

全身の細胞が暴れ狂い、内側から爆ぜそうになる。

視界が白と紫の渦に飲み込まれる中、ダイモンの笑顔だけが鮮明だった。


 意識が闇に墜ちる刹那、不思議な確信が胸を満たした。

血族魔法を司る祖先の霊魂が流れ込んでくる。

彼ら彼女らの絶望と怨嗟が皮膚を焼きながらも、確かに力へと変わっていく。


 廊下に残されたのは一人の少女の遺骸、ではない。


 薄い朝靄に似た光に包まれたレムの姿は変わり果てていた。

銀色の髪は高貴な紫に変わり、瞳も紫水晶のように輝いている。

痩せぎすだった身体に異様な濃密な気配がまとわりついていた。


「…ふふ、はははは」


 体内を駆け巡る膨大な魔力はすでに彼女を蝕んでいるが、同時に鋼のような意志を与えてくれた。

ふと手を見る。

血のにじむ掌に古い紋章のような痣が浮かび上がっていた。

血族魔法継承の証だ。


「なぜ半分なのかわかったよ、悪魔」


 少女は笑う。

魂を撹拌され、薄れていく記憶と自我に揉まれながら。


「半分でも十分だもんね、人間の自我は弱い」


 少女の中で悪魔も笑う。

生命力の堕ちた人間の自我を喰らうのは簡単だから、鼠を追い詰める猫のように、甚振って遊ぶだけだから。


「でも、悪魔の国の言葉かな?『窮鼠猫を噛む』」


 少女は、隠し持っていたナイフを取り出す。

誰もが見くだす故の油断。

凶器を持っていてもバレないなんて、ザル警備だなあ。


 そのまま、微弱な魔力を込めながら振り下ろされるナイフに、体の奥底から絶叫が聞こえた。


《契約違反発生》

《直ちに契約の損害を賠償してください》

《賠償しない場合強制的に損害を補填します》

《永久的な契約不履行に移行する前に、損害を強制的に補填》

《監視役シャヘルに対し強制執行》

《損害が補填されました》

《契約を続行します》


 簡単な話だ。

最初から、あの悪魔は人間に対して、圧倒的に不利な契約を交わすつもりだった。

おそらく、読み上げていたのは、古代の王族と王国民たちと交わした契約書だったんだろう。

有利に契約するために契約書も見せず口頭説明で済ませ、考える暇を与えず押し進めた。

だから油断していたんだろう。


 悪魔は言った。

『血族魔法は永続すべく設計されておる。汝一代で絶えてしまっては契約の意味がない』と。

つまり、わたしが死んでしまえば、契約不履行となる。

その場合、責任をとらせられるのは誰か。


 悪魔だ。


 死んだわたしに責任も賠償もできないし、監視役として、命を絶たないように見張るという役目もあったのだろう。

つまり、自分が結ばせた契約に、滅ぼされた。


「監査役、君の名前がわかったよ。そして、これからのわたしの名前も」


 刻まれた紋章に、名前が浮かび上がる。


「シャヘル…せいぜい利用させて貰うよ」


 少女は、それから一年間眠りにつくことになる。

作り変えられた体の負荷に耐えられなかったせいだ。

そして、目が覚めた時、世界も少女自身も激変する。

王家の落ちこぼれから、血族魔法の継承者の一人として。


 だが、目覚めた少女は、元の少女ではない。

魂の撹拌に耐えられる精神力の人間などいない。

悪魔の魂で補填された魂はとうに歪んだ。

記憶も愛も覚悟も約束も、歪み、忘れられた。


 王家は姿が変わったレムを、レムとして認めることはできなかった。

認めたら、国家機密に関わるからである。

だから、手っ取り早い手段に出た。


 レムの存在は記憶からも記録からも消されることとなった。

だれもそれを悲しむものも、意義を唱えるものもいない。


 ただ、彼女を愛する者を除いて。



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